第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 08 節「“LIFE”を開く」
「あーん、靴が濡れちゃう!
早くっ!!」
そう言って、困惑の中にも嬉しそうに瞳を輝かせ、フィヲが手を伸ばす。
模擬戦から一転、我に返ったように、サザナイアは慌ててフィヲの手を取った。
フロアに上がろうとする力と、急いで引っぱり上げる力が余って、二人して闘技場の上に倒れこんでしまった。
「うわっ、あはははっ!!」
「きゃ~っ!
もう助けるのが遅いから、こんなにびしょびしょ・・・。」
「ああ、ごめんごめん・・・。」
サザナイアは感激して、妹のような存在であるフィヲの体を抱きしめた。
「わああっ、ちょっと、サザナイアさんっ・・・。」
「フィヲちゃん、わたしの特訓に付き合ってくれてありがとう・・・。
本当は、すぐにでも行きたかったのにね。」
「ううん。
私、どうしても!
サザナイアさんの力が必要だと思ったの。
だから、明日からは大変になるけれど、よろしくお願いしますね。」
背の高いサザナイアが、小柄なフィヲの細い腕に抱かれると、なぜか感極まってしまった。
「フィヲちゃんの癒しの力は本当にすごいわ。
たしかシェブロン先生が、『エンパワーメント(励まし)』だって言われていた。」
「先生や、LIFEのみんなが育ててくれたの。
内なる力を引き出すのが“LIFE”。
それは、素直な人なら呼べばすぐに現れる。
遠くから呼んでいるみたいに、なかなか出てこない人もいる。
どんなに呼んでも悪態をついて、絶対に親切を返さない人もいる。
・・・だけどいいの。
生まれては死に、また生まれてくるうちに、どれほどのつらいことや悲しいことに遭って、心が弱ったり、塞ぎ込んでしまっているかなんて、その人にしか分からないじゃない?」
サザナイアの頬を涙が伝うので、フィヲも涙を流した。
「フィヲちゃんだってつらいことがたくさんあったでしょうに・・・!!
限りあるあなたの内なる力を、みんな人にあげてしまうなんて。」
「いいえ、“生命”ある限り、内なる力はいくらでも湧き出(い)でるわ。
私の中にも、どんな人の中にも・・・!!」
観戦席にいた鍛冶屋は強く心を打たれ、奥に引っ込んでしまった。
スヰフォスもしばらく立ち尽くしていたが、やがて主人の方へ歩み寄った。
「あなたのおかげだ。
サザナイアは魔法の応酬の中でもきっと戦い抜けるだろう。
ありがとう。」
「おれは今まで、あんなにすばらしい人たちのために武器や防具を作ったことはなかった・・・。
“LIFE”か、これからの人生、おれもその実現のためにハンマーを取り、鑿(のみ)を振るい続けたい・・・!!」
「わしが教え子に、返って教わることになったのは、これが最初ではない。
ファラが求めた道、そしてサザナイアが門を叩いた道、そこに“LIFE”があった。
人の子に戦術を教えて数十年、シェブロン先生と“LIFE”に巡り合いたいがために生きてきた人生だったように思う・・・。」
フィヲが先に立ち上がった。
濡れた方の靴と靴下を脱いで置き、床に魔法陣を描いた。
「ほら、ゆーっくり、・・・周囲の空気が乾いていく、水が蒸発しやすい温度にする、熱くなりすぎないように、そして空気の流れを作る・・・。」
サザナイアも立った。
誇らしそうに、その様子を見守った。
「うん、ポカポカして、履いても大丈夫。
・・・もう乾いちゃった。」
フィヲが笑った。
サザナイアはまた胸に熱いものが込み上げてきた。
少し前からここへ来て、何か言いたそうにしていた兵士が、やっと用件をきり出すことができた。
「あの、フィヲさん、ヴェサさんがお部屋にお呼びですよ。」
「ほら、みんなあなたに会いたがっている。
私、夜まで特訓してくるね。
暗くなる前にお城へ戻るから。」
「あ、うん・・・。
じゃあ、夕食の時にまた。」