第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 08 節「“LIFE”を開く」
ロマアヤ一行も帰還の途に就く時がきた。
シェブロンの提案通り、ザンダはバルコニーに出て彼らを見送った。
顔をくしゃくしゃにして泣くザンダを、シェブロンは笑いながら、口調は厳格に励ました。
「涙が出るのは仕方ないが、悲しみに暮れるのはやめたまえ。
自らを強く鼓舞して、この一時の別れを、国民と、彼ら一行と、君自身にとって最善の判断をしたと喜んでいきなさい。」
馬車から身を乗り出して手を振るムゾールに、ザンダは叫んだ。
「じぃーーー!!」
「ザンダ様ー!!」
「かならず、かならずロマアヤへ帰るから、それまで頼んだよー!!」
「わかっております、国をあげて、ゼオヌール公のご武運を、日夜にお祈りしますぞ!!」
わぁと泣き崩れそうになるザンダを、シェブロンは腕をつかまえて立たせた。
「ほら、遠くからは分からないから、どんなに悲しくても顔を見せてあげなさい!」
「みんなっっっーーー!!」
家老ムゾール=ディフ、コダリヨン将軍、そしてラゼヌター、メッティワも、彼らの部下たちも、連なった馬車からザンダの名を呼び、歓呼の声を返してくれた。
「よしよし、顔を洗っておいで。
よく鏡で自分の顔を見て、肖像画の父君と母君の面影を確かめてくるといい。
ご両親のいい所が全部、きみには備わっているじゃないか。
父君が若き日に同じ思いをされてロマアヤの民を守っていかれたことと重ね合わせて、勇気を出すんだ。」
ザンダも恥ずかしくなったのか、バルコニーを駆けて洗面所の方へ行った。
すると反対側から、彼に随行する家来のナーズン、バミーナがやってきた。
「先生、ザンダ様をご覧になりませんでしたか?」
「今お声がしていたような・・・。」
「ああ、ザンダはさっき、ムゾールさんたちをお見送りして、準備に降りて行ってしまった。
お二人の準備が整いましたら、すみませんが車を用意して、この下で待っていてください。
ザンダもすぐ向かうでしょう。」
飽くまで部下たちにザンダの面目を保ってやる。
これがシェブロンの、若い教え子ザンダに今してやれることだった。
年若くして一国の長(ちょう)となったことは、本人にしてみれば耐え難い重責であるに違いない。
けれども、壊滅を待つばかりだったロマアヤが、再び国家を建設しよう、他国の侵略に屈してはならないと勢力を盛り返せたのは、まぎれもなく直系の公子が生きているという事実であったのだ。
少々荷が重くても、周囲でザンダを支え、守り、一人立てるその日まで育ててやらねばなるまい。
家臣の前で強がって見せるのも、皆を安心させてやりたいという精一杯の努力に他ならなかった。
シェブロンはその努力を最大限に評価したのである。