第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 08 節「“LIFE”を開く」
上着のボタンは外れたまま、ズボンもきちんと穿(は)けていないまま、ザンダが部屋から出てきた。
口に歯ブラシをくわえている。
「ザンダ様!
ロマアヤの後継ぎともあろうお方が、なんという格好で歩かれているのです!」
「うるさいなあ、ムゾール爺!
おれは忙しいんだよ!!
支度が済んだらさっさと出発してくれっ。」
困ったものだという顔をして、ムゾールは立ち尽くしてしまった。
シェブロンが寄ってきた。
「こらザンダ、大功あるムゾールさんに、そんな口の利き方をしてはいけないよ。
どうして部屋で身なりを整えてこなかったんだ?」
ふくれっ面になっているザンダを見て、通りかかったフィヲが笑った。
「わはっ、何よその格好!」
「うるさいなあっ、お姉ちゃんまで!」
フィヲのあと、サザナイアも上がってきた。
特訓を終え、首からタオルをかけて、湯気が立つほどに上気していた。
「あ、ザンダ君!
出発は、・・・あらっ、もうすぐじゃなかったかしら!?」
「あーっ、もう!
わかってるからどいてくれっっ!!」
ザンダはまだ16歳にもならない。
本当は誰かが見守ってやるべきだろう。
フィヲとサザナイアは食事に行ってしまったが、シェブロンはザンダの行く方へついて行った。
しばらく黙って様子を見ていると、ロマアヤ一行が共同で使っていた倉庫に入る。
そこには旧王家に伝わる「魔導騎士」の鎧と剣が置かれていた。
起きるのが遅かったので、ザンダはベソをかきながら下衣を整える。
壁に鏡が立てかけてあった。
当然、そこにシェブロンの姿も映って見えた。
「あっ、先生・・・。」
これまでなら厳しい表情で腕組みしていたかもしれない。
だが今日は違った。
にっこりと笑って何度も頷いているのだ。
「大変だろう。
皆、きみの苦労は分かってくれているから、しばらく待たせておけばいい。
何か伝えてこようか?」
洟(はな)をすすりながら、強がった顔をしていたザンダが、急に泣き出しそうになる。
「おいおい、こういう時こそ度胸が肝心だよ。
きみらしく強気で行ってきなさい。」
「ムゾール爺が帰っちゃう、・・・お姉ちゃんもいないし、おれ、一人じゃ無理だよっ。」
「はっはっは、誰だって最初からできはしないさ。
まずは思った通りにやっておいで。
リーダーとしてのタフツァ君やファラ君を見てきただろう。
いい所を真似すればいいんだ。
それに後からフィヲやサザナイアさんも来る。」
「爺たちを見送りに行きたいけど、おれ、みっともない顔して会えないよ・・・。」
シェブロンはザンダの性格も、家来たちを安心させたいという精一杯の気持ちもよく分かった。
「うん、いいだろう。
バルコニーの所から手を振って見送ればいい。
私も一緒に立つよ。」