第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 07 節「七宝(しちほう)身に具して」
身を震わせるファラに、シェブロンはもう一つ、伝えておかねばならぬことがあると思った。
ヱイユのことである。
「お母様は、たしかに王国中、ひいては世界の民衆を守らなければと思われていただろう。
だがそれ以上に、直接的な動機があった。
父も母もないヱイユを、彼女は我が子のように大切に育てられていた。
そのヱイユが、悪王『ディ=ストゥラド』に捕らえられ、まさに心身を奪われようとしていたのだ。
彼女はヱイユを助けたい一心で、『ディ=ストゥラド』との決着を急がれた。」
声を出して泣くファラの頭を、シェブロンは強く抱きしめた。
師もまたヱイユを助けるため、敵の罠と知りながら後を追ったのだ。
長年の苦労が水泡に帰すとしても、一人のLIFEの後継者を、我が“生命”を投げ出して守らなければならない。
そういう覚悟だった。
「目の前の一人のために、全生命を使い果たしていく。
それはお母様が残されたLIFEの大切な精神だよ。
彼女には教わることばかりだった。
そしてきみたちは立派にムヴィアさんの精神を受け継いでいる。
LIFEはわたし一人で作ったのではない。
先師も、その師匠も、ずっと前から受け継がれて今に至る。
“LIFE”とは、“彼”と、その呼びかけに呼応する仲間たちとが紡ぎ出す、悠久にして永遠の物語だからだ。」
ドアをノックする音がして、警備長ワヌアスが小竜リールの手紙を持ってきた。
シェブロンはリールごと受け取り、巡回の労に深く感謝した。
「だからこそ、“LIFE”に目覚めた一人を、徹底して大切にし、守り抜かねばならない。
それが、ノイくんたちが築き上げてくれた、LIFE騎士の精神だ。」
「はい・・・!!」
まだ涙にぬれた顔に決意が光った。
「これから“LIFE”の奥義をきみに伝える。
今夜の出発までに全て修得していきなさい。」
「・・・属性魔法がなくても!?」
シェブロンは声を出して笑った。
「そうだ。
本当は同じことなのだ。
やってみれば分かる。
剣も鎧もいらない。
一度そこに置いておきなさい。」
今朝と同様、武装を解いて、魔法使いファラの頃の身なりになった。
シェブロンはかつて自ら著した書を、大事そうに棚から取ってテーブルの上に広げた。
「わたしの魔導書だ。
世界に1冊しかない。
これを実践できる者がいなかったためだ。
理論だけ広めても何になろう?
わたしはきみたちが世に出る日を、今日という日を心待ちにしていたのだよ。」
「タフツァさんにも、お教えにならないんですか!?」
「“LIFE”とは不可思議の法だ。
“LIFE”の一法から万法が生まれ出ずる。
誰もが内に“LIFE”を厳然と具え、自分らしい方法で発現するのだ。
きみにはきみの、フィヲにはフィヲの、タフツァ君にはタフツァ君の、現れ方というものがある。
差異があることを以って平等と説く。
数限りない個性を生み出すことを以って“無量義”という。」