第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 06 節「輪廻の支配者」
以前、ミルゼオ国フスカ港からリザブーグへ、シェブロン一行を運んでくれた初老のノスタムは、博士に頼まれてリザブーグ城専属の御者となっていた。
ファラとフィヲが階段を降りてくると、帽子を取って丁寧に辞儀して見せる。
「ファラさん、出陣ですか。」
にっこりと微笑んでいる。
彼も車を出したくて仕方ない様子なのだ。
「はい・・・。
ノスタムさん、いつもお休みは何時頃ですか?」
「いやいや、わたしは車を使っていただくと決めている方がお出かけになる時が仕事の時間ですから。
そう遠慮されては、わたしとしては甲斐がありませんので。」
そう言って、ややがっかりした表情を見せた。
ファラは慌てて付け加えた。
「仲間が、ミルゼオ国境付近まで行っているんです・・・。
腕の立つ女性の剣士なのですが、敵を深追いしたようで。
行く先に危険な相手がいてもおかしくありません。」
ノスタムの瞳がキラリと輝いた。
「青少年時代、わたしは剣を習ったことがあるのですよ。
しかし、先輩にも、同輩にも、果ては後輩たちにまで打ち負かされて、結局、剣の道をあきらめました。
王国の騎士となった昔の稽古仲間のために、自分も何か役立ちたい。
そんな思いから、馬術を身に着けて御者になったんで。」
何度かしか会ったことがないのに、こうして赤裸々に打ち明けてくれるノスタムの誠実な人柄に、ファラは心うたれた。
誰もが志した道で思い通りの力を出せるとは限らない。
その点ファラは、剣にも魔法にも抜きん出た戦績を挙げることができた。
決して自分一個の努力で為し得た業(わざ)ではない。
我が行く道を振り返れば、多くの人の期待と羨望があり、ノスタムのように、自分の叶えられなかった夢を託してくれる人もいる。
それでいて彼らは、ファラに何かを押し付けようとするのではない。
重責を背負わせようとも考えていないのだ。
ただ、力になりたいと願ってくれている。
こんなにありがたいことがあるだろうか。
「ぼくは身につけた魔法の半分を失いましたが、シェブロン先生は、剣の一太刀に魔法の一撃を込めていくように、と励ましてくださいました。
ノスタムさんの剣は、形を変えて馬術に生かされているのではないでしょうか。
馬車に乗る人の旅が快適であるように、というあなたの願いが込められているように思うのです。」
彼も剣の太刀筋に自信があったのだ。
それが他者との打ち合いで通じなかった時は、相当悔しかったものである。
いつか捨ててしまったと思っていたものが、今唯一自信を持てる技術の中で生きていると言われて、ノスタムは熱いものが込み上げてきた。
「ファラさん、わたしは御者です。
戦闘には立てません。
そこを何とか、お役に立てていただけませんか。」
道は違えど、心と心が通じ合った感動に、ファラも涙で声を詰まらせた。
後ろで見ていたフィヲも目を潤ませて、非戦闘員のLIFEの仲間を必ず守っていこうと心に誓っていた。