第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 06 節「輪廻の支配者」
ルアーズの後からついて会座に入ったアンバスは最初、戸惑いがちだった。
どのようにシェブロンに対面していいか分からない。
「シェブロン先生!!
・・・はじめに、リザブーグ国民を代表して、本当に申し訳ありませんでした。」
ルアーズが深々と頭を下げて謝るのである。
シェブロンは二人を迎えるため、すでに席を立ちかけていたが、身を正して自身も頭を下げた。
「わたしは全ての人に“LIFE”を伝えきらなければならない。
始めから理解する人などいないんだ。
王は“LIFE”という未知の法を恐れ、力を行使して遠ざけようとした。
だが“LIFE”は万物を貫く法則であるがゆえに、わたしを流刑にしても無くなりはしなかった。
そればかりか、“LIFE”に背いたことで、否が応でも“LIFE”を知ることになった。」
メレナティレ城の王の間で行われた惨事について、彼は詳しく語らなかった。
あるいはミナリィで捕らえられた王国兵の中に、詳しく知っている者、その場に居合わせた者がいるかもしれない。
それでもカザロワの身の上に起きた出来事の因果だけははっきりさせておかなくてはと思った。
「一国の主(あるじ)ともなれば、権力の及ぶ限り全ての国民の命運をある程度、否、かなりの部分で背負うことになる。
本人の自覚の有無に関わらずだ。
自己の欲望を満たすためだけに兄王を殺害し、王の座を奪って、他国へ侵略を行った。
民が平和を願い、“LIFE”を願って捻出している租税を、戦争のために注ぎ込んだ。
“LIFE”がようやく息衝こうというこの地で、あろうことか“LIFE”の破壊を企て、弾圧し、主導者であるわたしを死罪にするかわりに遠流(おんる)した。
そして人々から“LIFE”を奪い去ろうとした。
事実、半年という日々を彼らから奪った。
その報いがどうだ?
わたしは直接諌(いさ)めたじゃないか。
一体なぜ、あれほどまでに人間が狂うのか。
古来、この国に根深い“魔性”とは、権力とは、どこから生み出されてくるのか・・・。」
次々と弟子たちが集まって来て、本心を明かせる人に囲まれたからであろう。
シェブロンは怒りを込めて語るのだった。
ザンダが熱を帯びて師に問う。
「ロマアヤも元は王国だったんですよね?
なら、おれの、と、父さんは、どうして王国をやめて公国にしたんですか!?
そこにヒントがあるんじゃないか、って・・・。」
シェブロンがじっと少年の目を見た。
ザンダはまた叱責されると思ってドキッとした。
「きみは人の上に立つと、お調子者の性格が悪い方へ出るのではないかと心配したものだが、さすがに名君ゼオヌール公とリュエンナ妃の公子。
目を見張るようだよ。
ムゾールさん、ルビレム君、そしてロマアヤの民がどれほどきみの帰りを待っていてくれたことか。
その心にきみはよく応えているな。」
ザンダは照れて赤くなった。
「きみの言う通りだ。
民が主体的・建設的な国家は暴君を生まない。
もっと言えば王政という答えを出さない。
反対に追従的・隷属的な国民性は強大な権力を生み出す。」
ファラもフィヲも、タフツァもソマも、ルアーズ、アンバス、旧セトの将兵たち、ムゾール=ディフ、ワイエン列島の船乗りたちも、固唾を飲んで次の言葉を待った。
シェブロンが語気を強めて結論した。
「そうやって生み出された暴君は、自らの手に集約された権力が、民の手に取り戻されることを最も嫌う。
“LIFE”を破壊するという狂気の沙汰も、つまりは民衆を目覚めさせる“LIFE”という思想を恐れてのことなのだ。
“LIFE”に目覚めた人間は、権力者に従わなくなる。
だが忘れないでもらいたい。
未だ“LIFE”を知らない多くの人々は、ひとたび暴君が力を振り翳せば、いとも簡単に心奪われ、“魔性”の虜(とりこ)となってしまうということを。
人の心は移ろい変わる。
縁に紛動(ふんどう)され、瞬間瞬間に様相を変える。
六道輪廻(ろくどうりんね)と言っても一日の“生命”の内に全て収まっているのだよ。
確たる信条に生きる“LIFE”だけが、この世の支配者たる“魔性”に打ち勝つ力となり得るのだ。」