The story of "LIFE"

第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 05 節「獅子王の会座(えざ)」

第 47 話
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気の強い女剣士ラゼヌターは、自ら敵を探して森の中を駆け巡った。

男のゼネラルと部下たちを相手に、すでに3つの部隊を平らげてしまっていた。
彼女があまりに危険を顧みないので、コダリヨンが心配して同行している。

「おのれ、どこだ・・・!!」

ラゼヌターはルビレムと戦って歯が立たなかったことから、感服して“LIFE”戦術を志すに至った。
ジシューと同様、刃を矯めて稽古に励んでいると、ある時ルビレムに言われた。

「お前の激しい気性も、力も、戦法も、全て生かされるのが“LIFE”だ。
何もかも捨て去ることではない。
害意を持つ相手を救いきるためには、自分の力をどう使えばいいか。
どう生かせるか。
それを考え抜いて実戦で思い通りにできたなら、“LIFE”の剣士として一流と言えるだろう。」

剣の腕において、いつかきっとルビレムを見返してやりたい。
そんな気持ちも残っている。

だがそれ以上に、ルビレムの言う“LIFE”戦術というものを修得した時に、自分が戦場でどのように振る舞えるかを考えると、胸躍るものがあった。

同じ女剣士のサザナイアの剣が描く線、身のこなしの美しいこと。
素直に惚れ惚れしてしまう。

あれが“LIFE”の力かと思うと、もう逆らう気にはなれない。

この日彼女に倒されたどの将兵も、剣術に敗れたというよりも、志す道において敗北したというべきであろう。

「リザブーグへ行け、そこにお前たちの仲間がいる、大勢いる。
彼らと話し合い、これから歩む道を皆で決めるがいい。」

またある時、ラゼヌターはサザナイアに聞いた。

「誰かの動きを真似ていくことや、取り入れていくことは必要なのか?」

するとサザナイアは笑って答えた。

「私も今回ロマアヤに来てから、自分で驚くくらい動きがよくなりました。
“LIFE”というのは、私自身の“生命”であり、あなた自身の“生命”に他ならない。
最高にあなたらしく輝くための全部が、あなたの中に眠っているのよ。
それを引き出すことで、誰にでも必ずできるの。」

珍しくラゼヌターが笑う。
永らく現れなかった、少女の頃の瞳の輝きだ。

それを見てサザナイアも頬を紅潮させ、心を弾ませる。

自分の喜びを、こんなにも喜んでくれる人がいるなんて。

“LIFE”とは、一瞬の生命と生命の触発の上に現れ、目覚めた者と目覚めた者とが互いに喜び合う、“一念の至宝”だ。
時に飛び出す激しい言葉や打ち合いも、“LIFE”の発現を妨げる内的病因を、打ち破らずにはおくものかという、真情の発露なのである。

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