第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 05 節「獅子王の会座(えざ)」
闘神ヱイユ。
そのような呼び名も忘れてしまうほど、悲しみに沈んだ日々が過ぎ去った。
一週間も「長老の木」の上で眠っていたのだ。
アーダの背に乗って飛び立った時、彼はリザブーグへ行こうと考えていた。
仲間たちに心配をかけているに違いない。
それからソマにヒユルのことを話さなければ。
ソマはヒユルを憎んでいた。
彼は、自分がすでに死んだ身であること、ヒユルが身代わりとなって生かしてくれたことを、どうしても話したいと思った。
なぜ、平素のように自らアーダの姿で飛ばず、その背に乗ったのか。
もしも彼が全くの孤独で、ヒユルの死と向き合い、その死を抱きしめて悲嘆にくれていたとしたら、「長老の木」の上か、もしくはメレナティレの川のほとりで一緒に死んでしまったにちがいない。
最初の危機はヒユルによって救われた。
彼女の死という、二度目の危機から彼を救ってくれたのは、実にアーダだった。
アーダがヱイユを守ったことはこれまで数知れない。
だが今度の危機は闘神ヱイユをして絶望の淵にまで立たせ、よろめいたところを背後から突き落とすような、あまりにも残忍な形で襲ってきた。
彼はまだ一人では飛べないのだ。
アーダという無二の友の背を借りて飛んでいた。
陽は西へ傾き、宵闇が迫る刻が迫っている。
上空へ昇ってみて、初めて思い出した。
双牙の魔山ヤコハ=ディ=サホの山肌を埋め尽くすほどの篝火(かがりび)。
その色は魔性を宿して青紫色をしていた。
ヱイユの中の闘神が再び目を醒ます。
「アーダ、小竜リールを呼べないか。」
リールは大型の有翼獣に捕食されぬよう、ザンダが船室で預かったままになっている。
ヱイユの意思を受けて、アーダは二本の角から竜族にのみ聞こえる音波を発した。
通常はドラゴンが自らの縄張りを主張するために、他の竜たちに居場所を知らせる目的で行われる。
敵群の中にも竜族がいるだろう。
ここなら迦楼羅の力も借りられる。
竜族が飽くまで敵対するようであれば、先に倒してしまっても構わない。
二人はそう考えていた。