第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 05 節「獅子王の会座(えざ)」
相変わらず灰竜アーダは丸くなって、ヒユルとヱイユを抱いていてくれた。
ヱイユはヒユルの手に触れ、忘れていたようにその冷たさ硬さに驚いた。
眠ったようではある。
しかし彼女の上で生きていた、悪意のない攻撃性、自己顕示欲、排他性と独占願望、内に秘められた寂寥(せきりょう)感。
そうしたものはどれも失われてしまった。
「長老の木」は少しも衰えることを知らず、数千年の時の中を生き続けていた。
この木の下で、どれほどの“生命”が生まれ、死んでいったことだろう。
緑色の光は世界を包み、森を満たし、ヱイユの上にもヒユルの上にも平等に注がれている。
もちろん灰竜アーダの上にも。
もう全回に近かった。
ヒユルはとうとう戻らなかったのだ。
彼はヒユルの身を起こして抱擁すると、この、美しい姿で生まれ、運命に翻弄されて儚く散ってしまった娘の額に、優しく、そっと接吻を与えた。
微笑みが溢れ出す。
温めきれなかったその体が不憫でならない。
彼は以前ここを訪れた時、美しい花が咲いていた、陽のあたる土壌の上に彼女を寝かせると、素手で穴を掘った。
汗が滲んでは、滴った。
ヒユルのために花を飾ってやろうとは思わなかった。
可憐な花の生命を摘むことは、今の彼にはできないことだ。
彼女が埋まった土の上にうつ伏してしばらく哭いた。
「お前と話ができるまで、許してもらえるまで、今度は俺からお前を呼び続けるよ。
ずっと探し続ける。」
顔にも土をかぶせた。
彼女の最後の表情は不思議と明るく、紅がさしたように見えた。
すっかり見えなくなると、アーダも声を出して哭いた。
自分だけの悲しみでないのを知った彼は、励ますように言った。
「あの瞬間から、俺はヒユルの“生命”によって生きている。
彼女は俺の中で生きていてくれる。
“LIFE”に生ききることでのみ、託された“生命”の重みに報いることができる。
・・・なあアーダ、そうだよな?」
ドラゴンの大きな瞳から、大粒の涙がボタボタと流れ落ち、悲哀を吹き飛ばすような声が発せられた。
「一緒に行こう、ヒユル!
俺が守る“LIFE”こそ、お前が“生命”を賭して守ってくれたものに他ならない。
・・・そのことを証明するために!!」