第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 05 節「獅子王の会座(えざ)」
「長老の木」の豊かな枝に抱かれて、ヱイユはうとうとと居眠りしていた。
少し目を見開いても、瞼(まぶた)を閉じても、世界には緑色の光が満ちている。
根元の方で彼を呼ぶ声がした。
ヒユルだった。
「ヱイユー!!
鳥の卵だ。
食べるかー?」
彼はちらっと彼女に目配せしたつもりでいたが、その姿は見えていなかった。
本当は答えてやりたいのに、そのままどこかホッとして、再び眠りに落ちてしまった。
また声が聞こえてくる。
「なあ、あたしもそこまで登らせてくれ。
幹が太くて、足掛かりも何もありゃしない。」
今度は行ってやらなければ。
彼は身を起こし、ふわりと舞って宙から降りた。
大地に足をつけ、ヒユルの姿を探したが、どこにも見当たらなかった。
かわりに、大きな葉を敷いた上に、鳥の卵が置かれていた。
卵は二つあった。
ヱイユの方から呼んでみる。
返事がない。
先に一度、返事をしなかったことを後悔しながら、二度目は自分も返事をしたのだから、次こそ彼女は出てくるだろうと信じた。
「ヒユル、お前の分も・・・。」
しかし、世界は沈黙していた。
緑色の光は空間の上で静止していた。
まるで時間が止ったように。
目覚め頃、彼はヒユルの声を聞いた気がした。
『あなたが返事をしてくれなかったのは、1度だけじゃなかった・・・。』
緑色の光はよみがえっていた。
温かい陽の光、鳥たちの鳴き声に包まれて上体を起こした彼の頬には涙の跡が伝っていた。