第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 05 節「獅子王の会座(えざ)」
海峡の向こうにメレナティレを望む、オルブーム南方、ワリヒの領地から、一匹のコウモリが飛び立った。
超音波を発して障害物を感知し、獲物となる虫を捕らえては木に止り、それを生きたまま喰らう。
一面の森では秋の虫たちが鳴いていた。
森から森へ、闇夜を飛び回り、渡っていく彼(か)のコウモリは、大陸中央に聳(そび)える「双牙の魔山」を目指していた。
この日は新月で、一層暗かった。
大きな蛾を食い散らかし、飛び立った瞬間、高い所から黒い影が横切って、コウモリはいなくなった。
獲物を捕らえることと捕食されることは、同じように起こりうるのである。
天敵のフクロウだ。
しかし、コウモリは体を噛み砕かれながらも姿を変える。
凶暴な蛇となった。
長い胴で締め付けられ、噛みつかれ、飛翔のバランスを失ったフクロウは地面に落ちた。
バサバサッ、バサバサッ、・・・。
鳥の羽が飛び散った。
美しい羽根、賢そうな顔が血に染まっていく。
蛇はヤマネコの姿に変わっていた・・・。
やや過ぎて、大木の枝からぶらさがったまま毛繕いをする巨大なコウモリの姿があった。
翼を広げると人間すら殺しそうなほど大きい。
月のない闇夜を、2メートルもある大きなコウモリが羽ばたいた。
ヤコハ=ディ=サホの山腹は、真っ黒に見えるほど、魔人やその眷属の有翼獣に埋め尽くされていた。
人型のものは酒の入った杯を傾け、なにやら不気味に話したり、嗤(わら)い声を立てたりしている。
その中に、邪師ヨムニフの姿もあった。
「おお、来おったわい!」
酒を飲んで顔が黒紫色になっている。
一帯は所々、青っぽい炎がゆらめいているだけの闇夜だった。
巨大なコウモリは翼を収め、地面に屈み込み、そして立ち上がった。
長い髪で隠した、醜悪な蒼白顔の、目をギラギラと光らせる彼は、名を「擬態師エモラヒ」といった。