第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 05 節「獅子王の会座(えざ)」
断崖の向こう、西の海に大型の船が見えた。
先頭の旗艦はまもなくルング=ダ=エフサに上陸しそうだ。
ノイはシェブロンの前を駆けた。
集落の周りを除いて草が茫々と茂っていた島も、この師弟とも主従とも言える二人の流刑人の勤勉によって見事に道が整備されていた。
完全な野生の状態では、人間は繁栄することができない。
無人島ならば動植物の天下でもよかった。
だがここは王国の流刑地なのである。
それも、罪のない人間ばかりが、邪悪な王法の下、島へ追いやられてきた。
横暴な権力に逆らって流された男女と子孫は、ここで生き、ここに暮らす。
人間と動植物が共に繁栄していくためには、人間が他の生物の繁栄にまで責任を持たなければならない。
100人ほどの島の住人たちは皆、親の代、祖父母の代に流刑された、いわば反暴政の革命者の末裔だった。
シェブロンが提唱する“LIFE”は、島での共存という理想を、流刑になってからの約一年で形にしてきた。
ノイの妻コザリアも博士の支持者であったし、その両親も最大に協力してくれた。
村の若い男たちはリザブーグに行って共に戦うと言ったが、シェブロンは彼らを思い止まらせた。
「ここで生まれ育った君たちは、今の村の生活を大切にしてほしい。
将来、移り住みたい国があれば、村の全員でよく話し合って決めるんだよ。」
そう言われれば多くの者が妻子を持ち、未婚の者にも親がある。
家族を置いて、働き盛りの自分たちがいなくなるわけにはいかない。
「大陸には危険勢力がはびこり、あらゆる武器、兵器、そして魔法による激しい攻防戦になっている。
戦いの中に身を置いた者でなければ生き抜くことは困難だ。
・・・流刑の心細い身、ここへ来てから住民の仲間に加えてもらえたこと、きっと恩返しするよ。
それからノイ君はルング=ダ=エフサの地に返すと約束する。
どうか待っていてくれ。」
二人は見送りも断って村を後にした。
「先生、だいぶ空が暗くなってきました。
急ぎますので、私の背につかまってください。」
大空を覆ったのは、悪魔の眷属である、大型で漆黒の翼を持った鳥類だ。
凶暴な肉食鳥であり、島ではみかけたことがない。
「ここでは魔法が使えない分、体力は鍛えたさ。
まだ駆けられる。
あれは北のオルブーム大陸に原生する鳥だ。
中世のグルガ封印以降、ディスマの深い森にも棲息するようになった。
ルング=ダ=エフサには奴らの獲物がいないはずだが・・・。」
昔、黒い翼が空を埋め尽くした頃、人間が外を出歩いていると悪魔が降りてきて襲ったものだが、背の高い草の間に作った道を駆けていく二人を上空から見つけた大鳥が、ガーガーと喚(わめ)き散らしながら狙っているようだ。