第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 04 節「後継の時」
ヱイユの目に、ひどく傷ついた森が映じている。
再びテンギと見(まみ)えたヱイユは、ソマを伴っていない。
実際のところ、2時間も経て、まだテンギがいるとは思えなかった。
ヒユルは形振(なりふ)り構わずテンギを痛めつけていたが、ヱイユの姿を見るとカッと熱くなって、ボロボロの衣服に身を隠し、その場から逃げ去った。
大きな木の陰に潜んで呼吸を整えながら好機を待つ。
しかし、彼女自身、一体何を待ち、何を狙うのか、分からなくなっていた。
獲物に逃げられた悔しさで猛るテンギを前にして、ヱイユは先までとかなり異なる相手を感じた。
それが何の影響であるか、すぐには想像できないが、日頃使い慣れた冷・熱・電・磁の亜四属性が、今テンギの生命に具わったことは現象を見なくとも分かる。
野獣のように荒ぶるテンギの姿、流された血の臭い、男の臭いだけでなく、女の強い臭いが残っていることも、ここで何が起こったか、それとなく物語っていた。
ソマは洞窟に残してきたのである。
自分の体にもソマの優しい香りが残っていた。
最愛の女(ひと)を、守り守って心通わせてきた。
もしもあのまま洞窟で二人きりでいたら、今日は戦場に立てないほど、絡み合ってしまっただろう。
それを振り払って来たのだ。
『ソマ・・・、俺の大切なソマ。
俺とお前が一緒にいても、誰も反対したりしないさ。
心が落ち着くまではここにいてくれ。
俺の恋人として戦場に立つことだけはどうかやめてほしい。
・・・なあソマ、戦う力が漲ってきたら、また一緒に戦おう。』
恥らう気持ちも隠さぬほど、ソマは二人だけの世界に入り込んでしまっていた。
もうヱイユの言うことに逆らったりしなかった。
そして眠ることもせず、魔力の回復も自然に任せて、ただボーッと、二人で見た夢のことや、現実の温もりのことを思い続けた。
たしかにソマは疲れきっているのだ。
戦うことにも、孤独で生きることにも。
ここで敵が現れたら、いつもの勝気(かちき)な彼女に戻れるだろうか。
ヱイユもまた、敵が去ったなら、その動向だけ掴んだ後、ソマのところへ帰って一晩ゆっくり過ごそうと本気で考えていたほどだ。
ソマのことが気になって十分な休息とはいかなかったが、彼女からのヒーリングは受け続けていた。
その彼と、激しく消耗しつつも新たな力を得て未知数のテンギが、避けては通れない戦闘を開始する。