第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 04 節「後継の時」
ただ一つの心臓を失えば忽(たちま)ち死に至るが、5つある心臓のうちの一つを失ってもテンギは死ななかった。
ヒユルは金属の爪を真っ赤になるまで熱し、テンギの傷を炎で焼いた。
頭部を閉じ込めた水の球体が絶叫を掻き消す。
返り血をきたならしそうに払いながら、溶けた皮膚を残虐に引き裂き、爪を引き抜いた。
よろけるテンギの胴を刃のついたハイヒールで蹴り、切り刻む。
「ハッハッハ、ざまあないね!
ほら、何とか言ったらどうなんだ!」
逆さ吊りの男女を表す石のぶら下がるロッドで更に殴りつけると、早くも力を回復したニサーヤが飛び出して、テンギの胴体を突き破った。
死んだ心臓は抉(えぐ)り出されて後方へ吹っ飛んでしまった。
挟み撃ちにされたテンギは、背後から渦巻くピンク色の破壊現象でズタズタにされる。
すると、ガボガボッ、と音を立てて、テンギが大量の水を吸い込んだ。
倒れ掛かる所でヒユルが水球を割る。
ザバー、と水が血を洗い流した。
前屈みになったところを、ヒユルは鋭利な櫛(くし)でテンギの頭部を叩き割った。
赤黒い血がどくどくと流れ出て、森の大地を汚していく。
ヒユルはあまりの憎さに我を忘れて甚振(いたぶ)り続けていたが、次第に快感を覚え始めていた。
少し離れたところから、脛に隠し持っていた「苦無(くない)」を一本ずつ投げてテンギの体に突き立てた。
「アハハハハハッ、早く死んだらどうなんだ、このムカデめ!」
テンギを遥かに上回る虐待癖の持ち主だった。
しかしそれを目覚めさせたのはテンギである。
突然、獣(けだもの)の叫び声のようにテンギが咆えると、森の木々も、ヒユルも、ニサーヤも震撼した。
次の瞬間、ヒユルの足元が凍り付いて、ヒールが動かせなくなった。
脱ごうにも戦闘用にしっかりと固定された靴は容易に取り外せない。
地面に転がっていた金属板が飛んできて、ヒユルの露わな腹部に直撃し、失神する。
ニサーヤはふいに首を掴まれて詠唱もできなくなった。
そのまま首を握り潰され、再び瀕死の状態に陥る。
テンギはまだヒユルの体を狙っていた。
邪魔なニサーヤを遠くへ放り投げ、女の方へ近寄っていくと、しばらく休んで戻ってきたヱイユの鋭い眼光とぶつかった。