第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 04 節「後継の時」
「ファラくんッ・・・!!!」
フィヲはホッシュタスなど少しも相手にせず、ファラの方へ走った。
ホッシュタスの手で、今ファラを襲ったと同じ暗黒色の靄(もや)が発現する。
急速に膨れ上がる。
フィヲは一瞬、その闇に包まれたが、何事もなかったかのように払いのけた。
「大丈夫!?
しっかりして・・・!!」
ファラの目は開かない。
応答もない。
少女の目に涙が溢れてきた。
ポタポタとこぼれ落ちる涙が、ファラの頬を濡らしていた。
「待っててね、すぐ、助けてあげる!」
フィヲは立ち上がり、初めてホッシュタスを睨み付けた。
彼を知る者がこの光景を見たなら、呆気にとられただろう。
ケプカスが悪魔使いなら、ホッシュタスは人心使いと呼ばれる。
魔力に長け、どのような心も操るという。
そのホッシュタスが、少女一人に睨まれて震え上がっているのだ。
詠唱の舌も回らなかった。
「ファラくんに何をしたの!?」
炎天下の屋上にいて、たしかに暑かったが、ホッシュタスの額から汗が流れて地面に落ちていった。
全く声が出ない。
突然、火の玉に飲まれたような感覚に囚われる。
ホッシュタスの体が燃えるように熱くなった。
彼は、自分の体から炎が出たと思い込んで悲鳴を上げた。
ガクガクと震える足で一歩踏み出してみたが、急に眩暈(めまい)がして、両手を地面に着いてしまう。
足元で、じわりと汗が広がっていった。
ホッシュタスは動けない。
魔力が吸い取られていると、ようやく気付いた。
暗黒色の魔力は、フィヲの手を経て浄化されると、呼吸も止まったかに見えるファラへ注がれていた。
「お願い、ファラくんッ、目を覚まして・・・!!」
短時間に大量の血を失うと危険なように、急激な魔力の喪失もまた生命に関わる場合がある。
フィヲはそれでも、ぐんと力を強めてホッシュタスの魔力を奪った。
するとファラの手が動き、声が発せられた。
「うううっ、フィ・・・ヲ・・・。」
その瞬間、詠唱は止み、ファラの上にうつ伏し体を抱き起こして、フィヲは涙を流しながらその頬に口を押し当てた。