第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 03 節「帝都の暴政」
邪師ヨムニフはカザロワ王を始末するべき時機を窺っていた。
国策であるオルブーム大陸への侵攻が、海峡に突如現れた渦(うず)によって足止めされ続けている。
この一事を突きつけて国民の目の前で処刑するのもいいが、彼は人々の心が離れていくことを嫌った。
邪義によって世界の人々を服従せしめ、“LIFE”を根絶やしにすることこそが彼の野望なのである。
王の間から兵を追い出すと、ヨムニフは声をひそめて言った。
「しばらく待っているうちに海流は収まるだろう。
・・・その間、一つやっておかねばならぬことがあってな。」
「な、何をしろというのだ。」
声を立てない不気味な笑みを浮かべ、ヨムニフが続ける。
「孤島に流刑人がいるだろう。
お前が即位した頃、流された魔法使いだが。」
「む、・・・シェブロンのことか?」
今度は圧倒するような大声で笑い出した。
「そう!
その男だ。
元より流罪は死罪に値する。
いつ、殺すのだ?」
「奴に触れてはならぬ。
手を下す者は身を滅ぼし、国家は滅亡の憂き目に遭うだろう。」
「なぜ、そう思うのだ?」
「流刑に処したその夜、落成したばかりの王城に巨大な亀裂が走った。
また、奴を取り調べて打擲(ちょうちゃく)した者は、後に狂死している。」
「ほう、こわいか?
おれはそんなことぐらい恐れはしないぜ。
ひっひっひ・・・。」
強い雨が降り始め、窓ガラスをカタンカタンと打っている。
「なあに、お前の手を汚すことはない。
このおれが、下手人(げしゅにん)を選んでやろう。
・・・そうだな、テンギにやらせるのはどうか。」
翌朝、ヨムニフがミナリィ港へ向け、勅令の手紙を運ばせると、その使者が昼前には引き返してきた。
「どうした!?
テンギには会ったのか。」
「はっ。
大将殿はこちらへ向かわれている途中でした。
手紙をお渡しし、ご来訪の旨、仰せつかってまいりました。」
テンギの手紙にはこう書かれていた。
『グルゴス殿下をご案内する。
丁重にお迎えせよ。』
ヨムニフはゴクリと唾を飲み込んだ。
大変な人物を招いてしまったと、今更ながらに後悔した。
「グルゴス」とは何者なのか。
それ以上に、テンギという男の狙いは何なのか。
後ろを振り返ってカザロワの横顔をチラと見ながら、ヨムニフは思わず品のない笑いが込み上げてくるのを覚えていた。