第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 02 節「悪王と邪師」
ヱイユは子供の頃、やっと一人で外を出歩けるようになったくらいの年齢で、世界に異変が起き、両親と別れた。
親が生きているのか、死んでしまったのか、またどんな顔だったかも覚えていない。
大空を黒い翼の悪魔たちが覆い尽くし、地上を行くものは人間も動物も皆、餌食にされ、死に絶えていった。
しかしながら生来、雷電と剣とを扱った彼は、天からの刺客を悉(ことごと)く撃退、泣きじゃくりながらも傷を受けることなくさ迷い歩いていた。
ある雨の夜、シェブロンと出会い、拾われてLIFEの一員になってから、彼の飛び抜けた魔力は進むべき道を得てぐんぐん伸びていった。
当時の戦いの苦しかったこと。
彼自身、戦闘に立たせてもらえることはなかったが、鋭い嗅覚で、味方を装うヨムニフが敵であることを察知し、仲間から遠ざけた。
暴君ディ=ストゥラドの即位後、本性を現したヨムニフが魔王の側近となってLIFEを窮地に陥れると、ヱイユは一人飛び出し、敵を深追いした結果、捕らえられてしまう。
こうして、彼を探しに行ったシェブロンは敵の手にかかって瀕死の重傷を負い、ファラの母・魔法使いムヴィアは生命と引き換えにヱイユを助けたのである。
取り返しのつかないことをしてしまった、LIFEには戻れないと、一人修行の旅に出てからも、幾度となく彼は強敵に遭い、死の危険に直面した。
だが苦しい戦いの日々があって、「闘神」と呼ばれる現在があることは間違いない。
アミュ=ロヴァに“LIFE”が息づき、市民たちの手で教育立国が建設されていくのを見て、ヱイユは率直に驚き、感動していた。
『戦うことは辛く苦しいことばかりだと思っていた。
我が身を犠牲にし、一番幸せになるべき人が民衆のために死ななければならない、そんな観念を俺は抱いていたんだ。
この国は一体どうしたことだろう、タフツァもソマも健在であって、犠牲を出さず、皆が生まれ変わったように、“LIFE”の実現を願い、懸命に働いている・・・。』
当然のことながら、ヱイユの存在、その死力を尽くした闘争なくしてアミュ=ロヴァの更生はなかった。
彼はどこか、自分の果たした役割を度外視して、仲間たちの奮闘だけで成し遂げられた出来事のように考えがちだ。
心地よい風が吹き抜ける。
深緑の木々が揺れていた。
どの顔を見ても、“LIFE”という大目的に生きる喜びに満ちていた。
ふと南西の空に目をやった彼は、遥か遠くに、不気味な紫色を帯びた妖しい雲が交じっていることに気付く。
先までの感動と優しい表情は消え、恐ろしい形相となり、鋭い目つきに変わっていた。
平和な光景に、すっかり忘れていたことがある。
魔天女ヒユルが、どうやらメレナティレの方角へ向かっているらしいのだ。