第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 02 節「悪王と邪師」
一方のヱイユは、ファラとフィヲをトーハの住む一郭(いっかく)へ降ろした後、メレナティレの港に向かっていた。
東部がまだ騒がしい。
人の足は全てそちらへ向かい、ランプの灯りが集まったためか、あるいは篝火(かがりび)を焚(た)いているのか、夜空が焼け付くように赤かった。
ここで昼間、彼の盟友である竜王ゲルエンジ=ニルが殺されたのだ。
目を凝らして見ると、対岸のオルブーム大陸側に、無残な竜王の亡骸(なきがら)が流れ着いているのが分かった。
灰竜アーダの姿で海峡を飛び越し、すぐさま人間の姿に戻る。
彼は涙を流しながらその冷たい体に触れようとした。
しかし竜王の生命を奪ったものが全身に回っていることに気付く。
ヱイユは水の力で毒を洗い流し、元々のライバルであり、戦友でもあるゲルエンジ=ニルを苦しみから解放してやった。
「俺が悪かった。
身代わりに死なせてしまうとは・・・。」
絶句し、嗚咽(おえつ)をこらえる彼に、竜王は語りかけてきた。
『お前は子供の頃から立派だった。
このおれに戦いを挑み、一度は敗れても、力をつけてまた挑んだ。
お前の力になれたことがうれしい。
お前の師シェブロンを守るために役立てなかったことだけが悔やまれる。』
押し殺して号泣するヱイユをなだめるように、竜王の声が響いた。
『闘いの神となる者よ、そう嘆くな。
おれの力はすでにお前の中にある。
我が肉体(からだ)朽ち果てるとも、この世界に竜王ゲルエンジ=ニルの威厳が失われることはない。
いつでもお前とともに、お前が守ろうとするものの近くに、存在し続けよう・・・。』
「待ってくれ・・・!!
俺の生命をやってもいい。
お前が生きる方法はないのか・・・!!」
『はっはっは、目に見える生(せい)にとらわれるな。
生と死は、ともに“LIFE(生命)”の相ではないか。
おれは最晩年、“LIFE”のために生かしてもらったことを感謝している。
畜生(=動物)の身に生まれ、畜生として死んでいく宿命(さだめ)であったものを、お前が転換の道を開いてくれたのだ。
はっはっは、こんなにうれしい、こんなに愉快なことが他にあろうか・・・!!』
「ゲルエンジ=ニルよ、どうかいつの世に生まれても、生々世々(しょうじょうよよ)、“LIFE”を守護するため、共に戦おう・・・!!」
『我は畜生の道に生まれ、今“LIFE”の力によりて天神の力を得たり。
願わくは、次に生まれる時は人となり、正しく“LIFE”の器となって、お前の師シェブロンに仕え、守りたい。』
「ああ、分かった・・・!!
俺も、必ずそのようにする。
“LIFE”に生きる者を守護する善神としてではなく、自らが“LIFE”の実現者になってみせる。」
戦いに生き、戦いに死んでいった竜王の、柔和な微笑みがヱイユの全身を包み込むようだった。
やがてゲルエンジ=ニルの体は水の底へと消えてしまったが、ヱイユの手には、竜王の長く立派な「髭(ひげ)」が残り、キラキラと金色(こんじき)に輝いていた。
仲間を死なせてしまった悲しみからまだ立ち直れない彼は、その場に倒れ込み、朝まで動かなかった。
両手の中の光が、陽の光に照らされるまで彼を守るように包んでくれた。
ヱイユとゲルエンジ=ニルは、胸奥深く、互いに感謝の念を交わし続けていた。