第 10 章「無量義(むりょうぎ)」
第 02 節「悪王と邪師」
地図に印されたトーハの宿所に着くと、ファラはタバコを取り出して煙たそうにふかす仕草を始めた。
フィヲが裏口に回って窓から中を見る。
明かりがついていて、トーハは書き物に夢中な様子だった。
小声で囁く。
「・・・こんばんわ、わたしですよー。」
驚いたようにトーハが振り向いた。
目をこすりながら額の眼鏡をおろし、戸口に寄ってくる。
「おお、おお、入りなさい。」
フィヲは頷きながら、表のファラを呼びに行った。
「しかし、よく入国が叶ったな。
夕飯は?
まだか。」
技師が軒を連ねる通りの片隅にトーハの住居はあった。
LIFE一行から別行動となって半年余りになる。
シェブロンは流刑、ノイは随行。
師の希望を託され、追っ手から逃れてフスカへ、そしてロマアヤへ旅立ったファラ。
他の仲間は危険勢力が席巻するレボーヌ=ソォラへ赴いており、消息は途絶えていた。
それもそのはず、彼が居残ることを決断したメレナティレこそ、LIFE弾圧の急先鋒、最も危険な敵地だったのである。
トーハは機械産業の発展は必ずメレナティレの、ひいては世界の発展につながっていくと信じていた。
たとえ国家が進路を誤っても、産業の力で修正できることを疑わなかった。
メカの殺傷力よりも機械技術の平和的利用を重視した。
技師仲間は皆、家族を持った人々であり、トーハの論を支持した。
しかし国家を論じる独身者がこぞって侵略を望んだため、彼が提唱する“LIFE”路線は葬り去られてしまう。
そんな折り、夜遅くに少年ファラと少女フィヲが訪ねて来たのである。
「ほら、あり合わせのものしかないが、若いんだ、しっかり食べておきなさい。」