第 09 章「無尽(むじん)」
第 03 節「悪鬼魔民(あっきまみん)」
そこへ、港からロマアヤ兵が駆けて来てフィヲに叫んだ。
「こちらです、ザンダ様がご案内するようにと・・・。」
なかなか立とうとしないファラを見て、フィヲはザンダが何を用意してくれたのか気が付き、励ますように言った。
「急いで、ロマアヤの船で追いましょう。」
ハッと我に返ったファラはフィヲの顔を見、迎えに来た兵士の方へ駆け出す。
その後ろ姿をしばらく佇(たたず)んで見守りながら、フィヲは微笑んで、遅れぬよう走った。
港には大勢の人が集まってきている。
戦士たちの家族。
船乗りたち。
留守を任された兵士たち。
更に、シャムヒィ南部の追悼を終えて、帰ってきた人々の顔もあった。
2つ先の桟橋へ、ファラは先導の兵をも追い越して行ってしまいそうだ。
決して長くはなかったが、たくさんの思い出を刻んだロマアヤ。
フィヲとザンダの生まれ故郷。
ここに居残って“LIFE”による建国を引き受けてくれた、可愛い弟のようなザンダ。
またきっと会えるに違いない。
フィヲも今はただ、ファラの遥か先に重なって浮かぶ、師シェブロンの姿に思いを馳せながら、懸命に追いつこうとした。
桟橋にザンダの姿は見えない。
兵士から手紙が渡される。
出航のための準備は万事、整っていた。
蒸気の音。
走り出す船。
見送りの歓声。
人混みをかき分けて、もう一人、大切な人の顔が見えた。
老婆ヴェサだ。
少女と目が合うや、涙を流し、名前を呼び合った。
それでも老婆の顔は満ち足りた表情で、ハンカチを振りながら笑っている。
フィヲの心には、「行っておいで」というヴェサの声が響いてきて、しばらく咽(むせ)び続けた。