第 09 章「無尽(むじん)」
第 03 節「悪鬼魔民(あっきまみん)」
少年の目の色が変わったのをホッシュタスは気付いた。
戦いに生きる者なら相手との力関係や魔力の差を感じ取れるものだ。
ホッシュタスはファラの魔力がどれほどか、凡(おおよ)その見当をつけていたが、決して倒せない相手ではないと考えている。
しかし体がガクガクと震え出す。
思考や心で察知する前に、体が敏感に反応しているのである。
戦杖を握っていても、それで打ち合うことはしない。
魔法主体のホッシュタスの戦法だが、詠唱において体の畏怖が妨げにならないということはなかった。
この“ディエティズ・インパクト(Deity‘s impact)”が発現すると、敵味方とも、ケリが着くまで戦いを止めることはできない。
ファラの右手から勢いよく水が噴き出してホッシュタスの頭上に降りかかる。
それが音を立てて凍りついた。
氷の刃が落下して、ホッシュタスに襲いかかった。
続けて風の刃が起こる。
激しく回転しながら、左肩を押さえて屈み込んだホッシュタスの黒いローブを切り裂いた。
中から動物の骨格と皮革をつなぎ合わせた鎧が見えた。
「おのれ・・・!!」
立ち上がった時にはもう、ファラが目の前に来ていた。
強撃が胴を跳ね飛ばす。
魔法を立ち上げる暇もないのである。
「老人を装っているが、お前、そんなに年取っていないだろう。」
ローブで隠れた顔は見えなくても、目が光って睨んでいるのが分かった。
ふわっと浮き上がったホッシュタスの首をファラが掴んで持ち上げると、それを甲板目掛けて叩き落した。
ホッシュタスはとっさに板を破壊し、下の階へ逃れた。
穴からファラが飛び降りて追撃する。
どこかへ走って逃げていく術士を、ファラは追いついて背中に蹴撃し、顎を捕らえて仰向けに倒してしまった。
ホッシュタスが倒れている周囲の床板に、強力な「テティムル」の魔法陣が浮かび上がると、急激な魔力の漏洩が始まる。
「力は海へ還す。
お前はただの人となり、ロマアヤへ連行される。」
必死にもがいて抵抗を見せるホッシュタスだったが、どうにも身動きがとれない。
その上、魔法を使おうとすると、その分が魔法陣に吸収されてしまうため、もはや発動も叶わなかった。