第 09 章「無尽(むじん)」
第 03 節「悪鬼魔民(あっきまみん)」
陸軍大将テンギの武力行使による政変で混乱を来たし、戦火に喘ぎ苦しんだ大セト覇国の首都シャムヒィは、サザナイアたちの救出により、ひとまずの落ち着きを取り戻していた。
彼らはテンギを憎み、外征大臣バツベッハを追い詰め、取り囲んだ。
こうして新旧の軍事勢力はともにセト国民の支持を失ったのである。
監禁されていたニサイェバ元帥も保護され、ブイッド港へ運ばれていった。
長い長い抗争の末、ようやくセトの侵略に打ち勝ったロマアヤ軍だったが、ムゾール=ディフの指揮の下、シャムヒィ都ムドランダ入城を固く辞してブイッド港へ引き返した。
現地の人々に、ロマアヤが受けてきたと同じ侵略の印象を与えてはならない。
途中、最激戦地となったテンギの周辺へ、次から次へと車が集結した。
「千手の鬼神」という恐ろしい本身に帰ったテンギは、どういうわけか術士ホッシュタスがやられると、体に異変を来たして地面の上をのた打ち回り、果てには死んだように動かなくなってしまった。
騎士ルビレムが近付いて調べたところによると、心臓の鼓動は小さくなっているが死んでおらず、呼吸も微小で、瞳孔も反応があるという。
先立って搬送したホッシュタスには非魔法場と見張りがあれば十分だったが、テンギの搬送には更に厳重な警戒が必要だろう。
人々は彼の超長身と10対の肢体を収めるために、巨大な十角形の、「木の棺」を作った。
このまま不慮の死を遂げてくれればと、どれほどの人が考えたことだろう。
強敵の後始末にはルビレムと部下であたっている。
では、ファラたちは一体どうなったのか。
深更に及んだ戦場で、フィヲとザンダはまるで総力発動を遂げた者のように消耗し尽くしてしまっていた。
というのは、ホッシュタスが放った未知の魔法が、何物をも受け付けず、いつまで経ってもバチバチとファラの体から魔力を奪い続けていたからだ。
二人は必死になって、ファラに力を送り続けた。
ヒーリングも試みた。
だが結局、ほとんどゼロになるまで奪われる結果となった。
周囲の大地までも枯れ果て、もはやヒーリングは不能。
ファラに続いてフィヲが倒れた。
残ったザンダは身動きが取れないため、泣きながら助けを求めて叫んだ。
生まれて初めて、「全滅」という恐怖に震えた。
するとドガァは、魔法による手助けができないかわりに、自分の力を吸収して耐えろと、ザンダに促した。
涙を流して首を振るザンダを、ドガァは雄雄しく吼えて励まし、ようやく意を決めさせたのである。
ドガァの大生命力は、ホッシュタスの邪悪な奪命魔法を圧倒していった。
すでに敵の術士は気絶しているのだ。
必ず効力は消え失せるだろう。
夜空に絶えず獅子の咆哮が鳴り渡っていた。
それは苦しいという声ではなく、君よ立て、我を案ずるな、との魂の鼓舞であった。
やがてザンダが立ち、フィヲが起き上がり、ついにはファラも意識を取り戻すことができた。