第 09 章「無尽(むじん)」
第 02 節「所具(しょぐ)の法性(ほっしょう)」
夕刻近い空に、暗雲が覆い始めた。
「あなたの出番になったらすぐに解いてあげる。
それまでおとなしくしていなさい。」
女の後ろから、黒い馬に乗った騎士が現れた。
この男がガトレーンである。
「おおい、少年、探したぞ。
夢中になるのもいいが、背後に気をつけろ。」
そう言って彼は脇差を抜き、ファラの足元に投げつけた。
最悪のタイミングだ。
ファラはごく不機嫌に、黒騎士を顧みて素早くよけた。
そのまま立っていたら踵(かかと)に重傷を負うところだった。
ファラが重力球に集中できなかったので、テンギは自ら起こしたその魔法を振り解(ほど)いてしまった。
「まあ、そう焦るなよ。
試合再開といこう。
これだけの勝負を、見逃すところだった。」
生命を賭した勝負を、面白半分で観戦に来るとは。
しかしフィヲが捕らわれている。
下手に逆らえない。
『フィヲも落ち着いてくれば、あんな騎士二人、どうにでもできるだろう。
悔しいが、テンギを先に倒してしまわなければ・・・。』
頭に血が上っている感じだ。
今までファラはこんなに怒りを覚えたことはなかった。
立て直したテンギが言う。
「小僧め。
次はお前の番だ。
魔法を撃ってこい。」
望むところである。
全身に力が漲ってきた。
闘神ヱイユをも凌ぐ大魔法力が、少年の中で目醒めかけていた。
テンギとファラの目が合う。
鋭い眼光に、一瞬間、冷酷非道な鬼神テンギが、心の凍てつくような恐怖を覚えた。
横向きに剣を構えていたファラの剣閃が、もう飛んできていた。
そして、自分の腹を、真一文字に斬る。
体内を剣がすり抜けた・・・。
電光が過ぎ去った後のようだ。
自分が生きているのか、死んでしまうのか、錯覚なのかも分からない混乱の中、後ろへ駆け抜けたファラの詠唱が微かに聞こえてくる。
雷雲を利用した「テダン(電撃)」だ。
今度は縦に一閃、天からの電光が迸り、左手に持った剣に落雷、テンギは感電して前へ倒れた。