第 09 章「無尽(むじん)」
第 01 節「天変地夭(てんぺんちよう)」
セト国の陸軍大将に就いたテンギは、自身の本隊を首都から少し南方に駐留させ、ブイッド港へ向けて軍を下すとともに、西側ズニミア半島の動きに警戒していた。
だが彼は、シャムヒィから選りすぐった美女ばかりを乗せた大きな車を連れており、帳幕の奥に作らせた自室へ引き摺り込んでは乱暴ばかりして暮らしている。
大将の遊興により、重大な報告事項が遅れて伝えられるということが目立ち始めていた。
誰でも部下に任せればいいものを、権力は一手に握っておきたいらしく、また誰人をも信頼できないことから、軍の統率は日を追って乱れていった。
そして出陣の日・・・。
いつものように昼間から女遊びに興じていた彼の元に、部下からの呼び鈴が鳴った。
2回、3回、4回までも無視した。
しかし、5回目が鳴った時、彼はひどく機嫌を損ねて扉を蹴るようにして開くと、用件も聞かぬまま、部下の頭を掴んで持ち上げた。
「一体何の用だ!」
宙吊りになって声が出ない部下を憎憎しげに見て、地面へ投げ落とす。
「ど、ドルント提督から、これを・・・。」
ほとんど引きちぎるように紙を開いて読むと、まず次のような文字が目に飛び込んだ。
「半島を軍艦が取り囲んでいる。」
最後まで読まないまま、グチャグチャにして、テンギはよほどその知らせが憎かったのだろう。
片手から大火を放った。
火は彼の室を焼き、寝台でぐったりしていた女を飲み込んだ。
立ち去り際、テンギは手紙を持ってきた部下を蹴飛ばし、負傷させたため、その兵士も火に飲まれた。
東の方から季節にない強風が流れていて、本隊の駐屯地で起きた火災を、首都シャムヒィの方へ、急速に吹き上げていく。
天を焦がす大惨事である。
それでも彼は軍の一部を西に向けた。
敵が誰であるかなど問題ではない。
自ら赴いて殲滅しようとしているのである。