第 09 章「無尽(むじん)」
第 01 節「天変地夭(てんぺんちよう)」
メビカの頭領ヌダオン=レウォはズマワービの町を一望できる切り立った岩壁の上に住んでいる。
愛用の仕込み杖をつきながら、誰の手も借りずに下りていった。
道々、周辺の住民とすれ違っては言葉を交わした。
「お頭、いい陽気ですね。」
「ああ。
たまには町を歩こうと思ってな。」
「下じゃあ、若いもんがウズダクと戦争だ、なんて言っていますが、争いごとに国力を費やすのはもう懲り懲りだわ。」
「うむ、大事なことだ。
その話をしてくる。」
「もちろん、反対なさるんでしょうね?」
「はははっ、メビカも年寄りの国になったなあ。
次の世代が何を望んでいるか、楽しみでもあるが。」
出会う者すべて、男は船乗り、女はその妻たちだ。
しばらく下(くだ)って町に出ると、商人や旅人にも出会うだろう。
「これはヌダオンさん。
急な坂で大変でしょう。
町まで一緒に行きましょうか?」
「いやいや、隠居するのはまだ早い。
儂(わし)も東方の騒ぎを聞いてやっと仕事をする気になったのさ。」
「昔の血が騒ぐのかい?
ロマアヤに任せておいたらいいんじゃないか。」
「過去には同盟関係にあったこともある。
頼もしい限りだが、メビカが何もしないわけにはいかない。
若い衆と話をしてくるんだ。」
「あら、お邸(やしき)に集められたらいいのに。
お気をつけていってらっしゃい。」
彼はまだ頭脳も明晰であり、体のどこも悪くなかったものの、齢60にさしかかって、自分がいなくなる先の未来のことまで考えられずにいた。
つまり、現状に甘んじていたのだ。
先日、この坂を上って、女剣士サザナイアが訪ねて来た。
今、同じ道を下っている。
道が平坦になると町に入る。
若い頃と比べればずいぶん歩く速さもなくなったものだ。
それほど昔でなくても、海賊の血を引く船団の頭として鳴らしていた十年ほど前は、もっと気が張っていたのではないか。
平和な時代が来て、彼らの暮らしが貿易中心になり、船と船の戦いがなくなったことは頭領の存在感を薄れさせてしまった。
遠い昔から近年の出来事まで、様々に思い返す彼の表情は、懐かしそうに綻(ほころ)んでいた。
「ああ、そういえば、ここで・・・。」
半年振りで賑やかな市街のざわめきを聞いた彼の脳裏に、ある記憶が甦ってきた。