第 08 章「星辰(せいしん)」
第 03 節「千手(せんじゅ)の鬼神」
ファラの母親である魔法使いムヴィアが生まれた地、少数民族が住む「カーサ=ゴ=スーダ」。
すでに見た通り、負傷したヱイユが手当てを受けた村でもある。
「千手の鬼神テンギ」は、老婆ヴェサが述べたように、5対の手足を持って生まれた。
彼の人間離れした強さは、5人分の体躯を持ち合わせながらもバランスの取れた骨格と筋肉によるところが大きい。
とともに、カーサ=ゴ=スーダの血を引いていることから強大な魔法力を誇る。
その点はファラも同じだ。
少数民族の子がほとんど全て女児として生まれてくるのに対して、テンギは、またファラは、男児として生まれた。
長老がヱイユに語ったことには、ムヴィアが“LIFE”を知り、故郷へ帰らなかったのは、夫ツィクターとの絆の強さであり、間に生まれた子は少数民族の血よりも更に強い男側の血を受け継いでいるのではないかという。
カーサ=ゴ=スーダでは突然変異的に生まれてくる男児を忌み嫌うのだが、ファラはそこに住まなかったし、悪感情にさらされることもなかったので、彼らの長所、すなわち優れた魔法力だけを受け継いでいた。
一方でテンギはカーサ=ゴ=スーダに生まれ、誰からも愛されることなく、一日も早い死を願われて育った。
挙句、村人数名を殺害して村から追われ、報復行動を繰り返すに至ったのである。
強力なバリアで村に近付けなくなった彼はレボーヌ=ソォラをさ迷い続け、野生の動物や人間を喰らって生(せい)をつないでいた。
恐ろしい姿のために、どこへ行っても村人たちがしたと同じように扱われた。
敵対する者や関係を拒む女を悉(ことごと)く殺害して半狂乱の状態にあったが、ある時、彼の噂を聞きつけて、一人の魔法使いがやってきた。
その男は、当時フィフノスによって設立されたばかりの、悪魔結社マーラの一員だった。
呪術による生体の合成はいつまでたっても成功しなかったため、研究施設の周囲に異形の「失敗作」、いわゆるモンスターが溢れ始めていた。
テンギを求めた男は、ケプカスやラモー、ハイボン、ヨンドなどと比べても上位の、高名な術士である。
フィフノスは彼とだけ話が通じたという。
その術士こそ、名前をホッシュタスといい、テンギの陸軍大将への筋道を作った男だった。
彼は「マインド・ブラスト」と呼ばれる秘術の使い手で、テンギの記憶を封じ込めるとともに、5本の腕も、脚も、1本ずつにまとめ上げてしまった。
こうしてテンギはイデーリア大陸の人々が目にして恐れ慄(おのの)いたところの、超長身、長く太い四肢を持つ将軍、という別の姿に変えられたのである。