第 08 章「星辰(せいしん)」
第 03 節「千手(せんじゅ)の鬼神」
「ヴェサさん、ぼくたちはシェブロン先生の教え子です。
先生の分身です。
どうか信じてください。
犠牲は一人も出しません。
ぼくはテンギ将軍をも生かすでしょう。
当然、ぼく自身も敗れることはありません。」
フィヲが懸命に落ち着かせたのもあって、ヴェサは反駁(はんばく)しなかった。
それからこう言い残して、フィヲとともに宿所へ戻っていった。
「ファラよ、テンギを制し得るのはお前だけだぞ。
フィヲをお前に託すけれども、万が一、失敗するようなことがあれば、この老婆は苦しみのうちに息絶えるだろう。
・・・それにしても、本当に、よく力をつけたねえ。」
この段階で、ファラにはまだ具体的な策はなかった。
何を以って説得したのかといえば、それは必ず勝つということ、そしてシェブロンの弟子の名に恥じぬ戦いをするということ、つまり“誓い”に他ならない。
言い換えれば、戦場という修羅の巷、地獄の相一色に染まりゆく生命の危機に身を置きながら、敵と味方とを隔てず、そこへ“LIFE”という尊極の実相を必ず出現させてみせると言い切ったのである。
午後、メビカ船団への使者として小船で出向くサザナイアは馬でイデーリア大陸南西の端へ向かった。
セトの軍事侵略から、ロマアヤの民が最後の抵抗の地に選んでいた場所だ。
今では戦線が北上したことで戦闘員も減り、のどかな農村地帯になっている。
当初は馬車が用意される手筈であったのを、乗馬のできるサザナイアは断って、車の倍の速度が出る騎行を選んだ。
「少しだけ緊張するわね。
武器を置いて行こうかしら。」
舌を出して微笑む彼女に、ルビレムが応えた。
「交戦状態にある地域へ行くには、帯剣していた方が逆に信頼されるものだ。
無血の和平策を説きつつ、交戦ともなればその無刃刀で協力するという意思を示すのがいいだろう。」
アンバスは心配して言った。
「僕の『ロニネの本』を持っていってくれ。
今度の戦役を経て、剣の腕も、魔法の力も磨きがかかるように。」
その願いが込められた本はサザナイアにとって有難かった。
ルアーズは半ば安心して、半ば心配して、微笑みながら彼女の手を取った。
「現地できっと合流しましょうね。
LIFE軍に身を置けたことに感謝しつつ・・・!!」
サザナイアを見送った後は、ブイッドの港からウズダク海軍の基地へ向けて船で進攻する。
これに乗り込むのはルアーズとアンバスである。
当然、敵は砲撃してくるだろう。
上陸を成功させるカギは防衛にあり、アンバスが一手に引き受けなければならない。
「『ロニネの本』、あげちゃって平気?」
ルアーズはからかっていたが、アンバスは真剣である。
「あ、うん、そうだね・・・。
実戦でいつも、使うようにはしてきたけど・・・。」
そこで、不安の残る様子を見て取ったファラが愛用の「ロニネの本」をアンバスに授けた。
中には彼の手による注釈が付けられており、アンバスが持っていたものよりも深い内容がぎっしり詰まっている。
「大丈夫。
シェブロン先生のLIFE思想を全部、書き込んでありますから。
海路、東側から軍都シャムヒィに入ってくださいね。
では、現地で・・・!!」