第 08 章「星辰(せいしん)」
第 03 節「千手(せんじゅ)の鬼神」
大セト覇国の出陣は遅れた。
テンギが大将の任を受けたその直後、西の海域でウズダク海軍とメビカ船団の大規模な戦闘が起こったのである。
セトの同盟者ウズダクも、ロマアヤによる軍港ブイッドの占領で甚大な損失を出していた。
軍艦5隻とその船乗りたち、海兵400が、まるごとロマアヤの戦力となってしまった。
これによってブイッド港への海からの侵攻は全く不可能になった。
そればかりか、ウズダク海軍は、対立関係にあるメビカ船団と、ブイッド港のロマアヤ軍に挟撃される形となったのだ。
ロマアヤがゼオヌール公時代の領地を回復し、更にセトの軍事拠点ブイッドを陥落させたことはイデーリア大陸の歴史の中で、まさしく人道主義における快挙といってよかった。
北上軍の戦勝後、セト国の戦闘員及び住民の混乱を鎮めて収拾に奔走し、入港したLIFE一行、特に中心者を任されたファラは忙殺されていた。
メビカ船団にはLIFE思想が広まっていない。
つまり、ロマアヤの復興というLIFE思想の拡大戦において、血が流される危険があるのだ。
ただちに使者を立てる必要があった。
老ムゾールは言った。
「ウズダクは敵国セトの同盟相手じゃ。
敵の敵にあたるメビカは味方にならぬかと、我々も連絡だけは持ってきた。
ただし彼らは元海賊の一団。
どう取り込むか、骨を折ることになろう。」
船と船の戦いは、大砲を用いて沈め合うことが多い。
その上メビカは接近戦、すなわち互いの船へ乗り込んでのサーベル戦を最も得意とするらしい。
ファラは考えた。
『船の戦いにも魔法を導入することができたら・・・。
砲弾を防ぐ術(すべ)もあるし、LIFEが指揮を執れば血を流さなくて済む。』
味方になったばかりの船乗りたちは元ウズダク兵かセト兵だったので、何も教えなければ、古くからの戦法によって殺傷し合うことは間違いない。
すると、LIFE戦術を身につけた誰かが司令官となって船に乗らなければなるまい。
ファラとしても、軍都シャムヒィへの進軍には、どうあってもルビレムやムゾール、そしてザンダを向かわせたいのだ。
イデーリアの問題の最後はロマアヤの民自身で解決するべきである。
また、困難を極めるであろうセトとの決戦に、せっかくこれだけの陣列で当たれると思ったのが、どうやら人員を割いてワイエン列島へ行ってもらわねばならないようだ。
悩み抜いているファラに、サザナイアが笑って言った。
「私とアンバス、ルアーズは何度も旅しているから、メビカの人と話ができるのよ。
あなたがLIFE戦術を教えてくれるなら、メビカへ行ってもいいわ。」
少年の瞳が輝いた。
彼は、ルアーズ同様少し年上の彼女の手を取ると、姉のような存在からの頼もしい一言を喜び、「お願いします」と深く頭を下げた。