第 08 章「星辰(せいしん)」
第 03 節「千手(せんじゅ)の鬼神」
炎の絶えた暖炉に隠れていたニサイェバ元帥が捕らえられ、両腕を引かれて連行されてくると、テンギは腹がよじれるほどにわらった。
そして部下の者に槍を持たせ、巨大な手の平でニサイェバの頭を掴んで、3メートルの長身と目が合う所まで持ち上げた。
『どういうわけだ、お前の味方は誰も動かなくなったな。
哀れな奴、死に瀕して一人の助けも来ないとは。
それにしても俺は散々迷惑したものだ。
何度、命を狙われたことか。
・・・おい、俺が憎いんだろう?
黙っていないで、その腰の拳銃でも撃ってみたらどうなんだ?』
頭部を締め付けられながらニサイェバはガシガシと揺らされた。
手はぶらんとなって、抵抗する様子も見せなければ、声を発することもしなかった。
やがて気を失ったのだろうか、元帥の足元にボタボタと水が流れ落ちたので、テンギは揺らすのをやめ、腹の底から脳天へ突き抜ける憤激の爆発によって怒声を浴びせた。
『死んだか!?
生きているならば死ぬがいい!!』
一瞬、頭蓋骨が砕ける音がしたが、バツベッハ外征相がかなりの狼狽した様子で息を切らし駆けつけてきて叫んだ。
「止めぬか!」
ハッとしてテンギが力を緩めたので、ニサイェバは床まで落下した。
「そいつを殺してはいかん。
武装勢力は一掃しても、国民の反感を買えば全てが水泡に帰すぞ。」
両手で頭を押さえてのた打ち回っているニサイェバを、バツベッハの部下が担架に乗せて運んでいく。
それからニヤニヤと表情を変えて近付いてきたバツベッハがテンギの耳元に囁いた。
「このたびの粛清は、極右派の企てであると公表するのだ。
ニサイェバが生きていれば、我々が国家を守ったということにできる。」
なぜかテンギはこの大臣に逆らうことができない。
否、彼に追従することが自らの意思だと思い込んでいるらしいのだ。
とはいえ、今言われたことに対して、姑息なやり方だと思った。
武力を持たない国民などになぜ媚びる必要があるのか?
「悪いのは全て極右であるとはっきりさせてやればよい。
我々もやりやすくなったではないか。」
こう言って豪快に笑うバツベッハを見て、周囲の腹心たちは「万歳!」を唱え、その声はムドランダ城からシャムヒィ市街にまで響き渡っていった。
ほどなく訪れた午前9時、テンギに対する陸軍大将就任の儀式は、バツベッハを国家元帥の代理として、術士ホッシュタスの他、腹心30名ほどの規模で、静かに、厳粛に、血に染まった広間で執り行われた。