第 08 章「星辰(せいしん)」
第 03 節「千手(せんじゅ)の鬼神」
「国家の面倒事はどうでもいい。
ロマアヤを滅ぼせばいいのか?
俺はこの大陸を制覇しただけで終わりにはしない。」
「将軍は確かに強い。
といって、今のロマアヤも侮れんぞ。
一人で千の兵を下す強者がいると聞く。」
「ああ。
楽しみだ。
・・・それも明日には屍(かばね)となるだろう。」
「では、陸軍大将に就いてもらえるのだな?」
テンギの意思はセト国の高官という地位に対する侮蔑の念、特に前任者デッデムへの嘲笑的気分によって、辞退することを決めていた。
しかし返答しようと口を開いた途端、全身に激しいショックが起こって気を失いそうになった。
そしてかわりに彼の意識でないところから声が発せられたのである。
『お受けしましょう。』
以後、先まで五体を支配していた精神は消沈していき、別のはっきりとした意思が前面に現れ、常駐するようになる。
「これは頼もしい!
早速、明日の午前9時、陸軍大将就任の儀を執り行おう。
1時間早く登城(とじょう)願いたい。」
『うけたまわった。』
バツベッハは恭しい態度をとってそそくさとテンギ邸を退出する。
こうして彼は、闇夜に飛び出すコウモリのように、一晩で反体制の陣営を固めることに成功した。
一方、テンギは市街へ出、我を忘れて夜遊びに耽った。
なにも昇進を喜んでのことではない。
女に狂い、酒に溺れることが彼の日常であるからだ。
テンギは殊に幼い娘に乱暴することを好む。
獣(けだもの)の叫び声に異常な悦楽を覚え、しばしば歯止めがきかなくなって殺傷した。
だがこの日は、昼間から断続的に体を苛んでいる異変によって、どうにも愉しみきれないものがあった。
内部からの超常的なエネルギーが暴発しかかっているようだった。
ところで、影の形に添うが如く、テンギの近くには必ず術士ホッシュタスがいた。
親しい間柄ではなかったが、ホッシュタスが一方的に擦り寄ってくるのを、テンギは助けられているとばかり思わされている。