The story of "LIFE"

第 08 章「星辰(せいしん)」
第 03 節「千手(せんじゅ)の鬼神」

第 05 話
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夜、バツベッハ外征大臣がテンギの元を訪れた。
彼もセト国極右派の支配を不快に思っている一人である。

「将軍。
昼間は災難でしたな。
お怪我などは?」
「ん、そういえば今日の昼、俺は何をしていたのだろう・・・。」
「ははは、ご冗談を。
見事、撃退なされたそうで。」
「うううっ、頭が・・・、ハァッ、ハァッ、く、薬を・・・!!」

テンギはホッシュタスからもらった薬を部屋に常備している。
床を這いながらやっとのことで手に取ると、例の紫色の液体でゴクゴクと流し込んでしまった。

「どこか具合でも?」
「いや。
用件を伺おう。」

今しがた大漢を襲った未知の苦しみにしても、薬の驚くべき即効性にしても、初めて目にする者には不可解であり不気味だ。
それ以前に、テンギが持つ戦闘力を恐れぬ者はいない。

当然バツベッハもこの若く異形な軍人には恐怖も違和感も覚えるし、何か気に障りでもしては、と丁重にならざるを得なかった。

だが、もはやセト国にはテンギを措(お)いて頼れる将軍がいないのである。
危険な極右ニサイェバ派から徐々に実権を剥(は)がし取っていき、いずれ追放するというのがバツベッハの考えであり、彼に最も多く支持が集まっていた。

この訪問で、無敵の怪物かと思われたテンギに弱点があることを知ったバツベッハは、内心ほくそ笑んだことだろう。
ロマアヤを壊滅寸前まで追い詰めた後、テンギが戦場で死んででもくれたら・・・!!

ともあれ、どうあってもそこまでは彼にやらせなければならない。
あとはデッデムの軍も敗れたことだし、軍都シャムヒィにバツベッハ直属の精兵部隊を作りさえすればいい。

「今夜は議会の総意でお願いがあって参った。
貴殿に、軍の一切の権限を授けたい。
デッデムの後任として『陸軍大将』の大役を引き受けてもらえぬか。
どうもこればかりは他の者に務まるまい。」

テンギは元来、権力に興味がない。
高位に就けば就くほど多くの人間を動かさなければならない。
どちらかというと面倒を嫌う性質(たち)でさえもある。

現職の「将軍」という地位について言えば、生きるための職務であって、彼の戦闘本能に基づき、戦場に出て戦うだけでよかった。
部下の兵士たちは彼を恐れていたし、ほとんど一度も命令されたことはなかったが、もしもいい加減な態度をとって、将軍の怒りでも買おうものなら命がないことは明らかだ。

実際テンギは誰が従おうが背こうが、知ったことではない。
兵士など眼中にもないので、別段、誰を罰する考えもない。

敵であれ味方であれ、目の前に気に入らない相手がいれば消す、ただそれだけである。

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