第 08 章「星辰(せいしん)」
第 03 節「千手(せんじゅ)の鬼神」
苦しそうに息を衝く異常な長身の男が立ち去りゆく軍都シャムヒィの街角で、忌まわしい火災が起こった。
その家は紫色の炎を立ち昇らせながら空を焦がしている。
災害を見に大勢の人が集まってくる中、一度も振り返ることをせず、テンギは時々歩くのをやめ、片手をついて屈み込み、ゼェゼェと喘いだ。
ある時、ペッと唾を吐くと、血の混じった肉片が街路を赤く染めた。
これを見た彼は、今度はもっと大きな肉の塊を吐き出した。
しばらくじっと見入った後、それが自分を苦しめたものであることを思い出したのか、珍しく取り乱して、剣を抜き、ぐちゃぐちゃに斬りつけ、飽き足らず一面に火を放った。
警官隊が駆け寄って来たが、遠くからでもテンギと分かる長身に、誰も近寄ってこない。
剣は血で染まっていた。
彼にとって、決して珍しいことではない。
だがテンギは突如、唸り声を上げ、剣を取り落とし、大きな手の平で自分の顔を押さえて、両目をグリグリと擦(こす)り出した。
すぐに手は真っ赤に染まった。
もう一度吐き気を催すと、その口からは消化液が流れるだけで、何も出てはこなかった・・・。
火炎は燃え広がり、住民は逃げ惑う。
避難する以外の行動は考えられない市街の惨事にあって、黒いローブを着た術士が一人、家々の屋根よりも高いテンギの頭を探してやってきた。
ちょうど、レボーヌ=ソォラを席巻した悪魔結社マーラを思わせる身なりだ。
術士はホッシュタスという名前だった。
「落ち着け。
薬を持ってきた。」
「またお前か、すまない。」
赤黒い錠剤を紫色の液体で飲む。
初めて彼に勧められた時、テンギは怪しんだが、苦しみの方が耐え難かったので服用したところ、すぐに効き目が現れたのだ。
ふう、と長く息を吐いたテンギは、顔の青ざめた色がなくなり、目つきもはっきりとして、まるで何事もなかったかのように起き上がり、鎮められつつある火炎の煙の中、官邸へ戻っていった。