第 07 章「展転(てんでん)」
第 02 節「魔天女ヒユル」
「10歳になったある日、テンギが村の者を数人殺した。
わしらは魔法を以って罰しようとしたが、もはや誰の手にも負えなかった。
辛うじて、村を追い払い、二度と入れぬよう、結界を張り巡らしたのじゃ。
それから5年ほど、結果を切らすことはできず、村人はテンギの復讐に怯えて暮らした・・・。」
さすがのヱイユも身の震えを感じた。
そのような人間を相手に、どう戦えというのか。
「やがてテンギは東方の大陸へ渡った。
そして大セト覇国の将となり、ロマアヤ公国を滅ぼした。
テンギの脅威は滅んだ民と我らカーサ=ゴ=スーダの者だけが知る。
奴を倒してくれとは言わぬ。
セト国の恐ろしさとして、お前の仲間にだけは伝えておいてほしいのじゃ。」
ヱイユは口数少なく、湯の椀を空けると、護法の誓いを述べ、老婆の家を後にした。
ここからは村の中を歩くまい。
女たちがなぜ男を恐れるか、その原因の一つが分かったからである。
アーダの姿で上空まで昇ると、少女パナ=リーシャが手を振って、彼の名前を呼び、「ありがとう」と言った。
竜の眼球に大粒の涙が滲んで、こぼれていった。
考えてみると、あの老婆は、魔法使いムヴィアやリーシャにとって、師といえる存在だったかもしれない。
地上を見渡すと、東方の守護を命じられているLIFE騎士団の第二部隊と第六部隊が駐屯していた。
彼はそこへ降り立ち、人間の姿に戻った。
「よう、こんな国境付近まで、本当に助かるよ。
何か知っていることがあれば教えてくれ。」
「あなたはヱイユ殿ですね。
全体の情報ですが、術士フィフノスが姿を消したかわりに、第三の悪魔の化身である白いイタチが徘徊しているそうです。
しかしそれを見た者の話では、戦闘にならず、相手の方が逃げていったとか。」
親切に第二部隊長レンガーが話してくれた。
「奴は俺を探しているに違いない。
・・・他にはないか?」
今度は大きな盾を背中に掛けた第六部隊長のヌザルムが来た。
「若い女が単独でうろうろしているんです。
私も見かけましたが、色白で、派手な出(い)で立ち、黒い髪を束ねて、角(つの)のように天へ向けているんで。
これも交戦の情報はありません。」
「分かった。
どいつもこいつも人間とは、やりにくいな・・・。
同志よ、人間相手の戦いは、剣によって決するんじゃない。
こちらの“生命”と相手の“生命”の打ち合いによって決するんだ。
これがLIFEの戦い方。
シェブロン先生の教えだ。
・・・カーサ=ゴ=スーダの守護、よろしく頼むぜ。」
彼は自分自身に言い聞かせていた。
居合わせる騎士団の隊員たちは皆、歓呼して力を倍増させ、ヱイユを見送った。