第 07 章「展転(てんでん)」
第 02 節「魔天女ヒユル」
「闘神ヱイユよ。
“生命”を無駄にしてはいけない。
それは“LIFE”を軽賤(きょうせん)することと変わらない。
そしてヱイユよ、我が“生命”を何に使うか、一瞬の迷いがあってはならない。
お前は師の危機に際して、我が身を投げ出す覚悟があるか?
師はそれを決して喜ばないだろう。
しかし弟子ならば、師が生きている間は、それを身に換えて守る機会を逸するな。
師の事業に応えよ。
師と使命を同じくせよ。
・・・お前を上回るほどの強敵はそういない。
彼らと対峙する時こそ、判断を過つな。
生きるべき時に生き、賭すべき時に賭せ。
而(しこう)して、最後の最後まで“生命”を投げ出すな。」
何という強い生命の力であろう。
ヱイユは圧倒されていた。
一言一言が、我が存在に刻み込まれていくようだった。
それは彼の使命の目覚めであったと言ってよい。
老婆は席を立ち、湯を沸かしに行った。
ソファーに取り残されたヱイユは、途方もなく長遠(ちょうえん)な時間が過ぎゆく中にいる感じがした。
テーブルの上に盆が置かれる音で我に返った彼は、敬うように辞儀して椀を取った。
「さて、本題に入る。
・・・今から20数年前、一人の若い娘が邪悪な群盗の手に落ち、村から姿を消した。
わしらは女ばかりで、抗う力はなく、探してやることもできなんだ。
誰もが死んだものと思っていたところへ、ボロ布一枚身に纏(まと)った娘が、傷ついて帰ってきたのじゃ・・・。」
恐ろしい話である。
元々が孤児のヱイユは、愛情を求めて生きてきた。
心の優しい彼には想像もできない悲惨な出来事といえる。
「娘は終始、何かが取り憑いたように笑みを浮かべていた。
そして、その腹には子が宿されていたのじゃ。」
ヱイユの表情が険しくなる。
それは怒りであるとともに、そうした出来事に対して非力な自分への悔(く)いなのである。
「皆に介抱されながら、娘は一子を産んだ。
そして死んだ。」
両目を強く瞑(つぶ)ったが、涙は出ない。
どのように対処していいかも分からぬほど、それは最悪の結末だった。
「生まれた子どもは男児で、腕が10本、足が10本あった。」
老婆の声が震えを帯び始める。
「わしらはその子を殺すべきか、話し合い、悩み抜いた。
しかし、死んだ母親を思えば、その子を殺すことなどできなかった。
日に日に大きく育つ男児に、わしらは『テンギ』という名を与えた。
テンギは健やかに育った。
そしてみるみるうちに、武に秀で、魔法に秀でていった・・・。」