第 07 章「展転(てんでん)」
第 02 節「魔天女ヒユル」
老婆が記憶を辿りながらの、断続的なやり取りは続いた。
「あなた方は、魔法の用途とその未来についてどうお考えですか。
たとえば、『封印』については?」
「『封印』は、いずれ解かれると知って行う一時的な措置。
効力を失うまでの時間稼ぎに過ぎぬ。
もちろん弊害はあろう、分かっておるさ。
人類を即日的な破滅から救い、考える時間を与えるには十分だった。」
そう、その犠牲の上に今の全ての生命活動があり、LIFEの現在があるのだ。
全生命を賭する発動も、時機に適(かな)えば特効薬となり、相違すれば誰のためにもならない。
つまり“LIFE”は、大宇宙の生命の祈りと、小宇宙である人間生命の祈りとが正しく合致した時に発動する。
「お前の師・シェブロンは孤島へ流されたか。
・・・わしが言うことではないが、教え子らに与えられた今の時間は、ムヴィアが死を賭して与えた時間と同じく、彼の“生命”そのものぞ。」
ヱイユの胸にズキッと刺さるものがあった。
自然と背筋が伸ばされた。
「不肖の弟子です。
師の存在がいかに偉大で心強いものであったか、ようやく知りました。
師にかわってLIFEの同胞たちを守るのが、これほどまでに苦しい重圧であるとは思いもよりませんでした・・・。」
すぐに何かを言ってくれれば心も軽くなるのだが、老婆は次の言葉が出るのに時間を要する。
「一週間、何をしていたのじゃ?」
「リーシャに助けられながら、意識の中ではパナさんが語りかけてくれました。
私は心で答えていました。
・・・二度目のテビマワ戦役で、私は術士フィフノスと戦いました。
これまでもたびたび剣を交えましたが、最後に戦った時は、まるで小手先であしらわれているようで・・・。」
「そうか。
ムヴィアは何と言った?」
「悪魔結社マーラが生成した、伝説上の怪物をご存知でしょうか。
第三の魔獣・カコラシューユ=ニサーヤが初めて姿を現したのです。
私は竜族の仲間とともに、パナさんの『封印』を発動させました。」
「うむ、もしもそれが成っていたなら、お前のメゼアラムに閉じ込めておくつもりだったのか、それとも大地に封じ込めるつもりだったのか。
ムヴィアはなぜあの魔法で生命を落としたか。
その最後の詠唱を知らぬな。」
ヱイユは、ハッとした。
魔法使いムヴィアは、正気を失った幼い彼を助けるために、他の方法を取り得なかったのである。
「重力体を収縮させ、やがて一点となって消え去る『攻撃型ロニネ』の発動対象に、相手と、そして自分を選んだのさ。
お前に『ヰフ(自他)』が使えるか?
一体、何のために自分を死(ころ)して人に尽くす?」
戦場に生き、戦場に死んでいく運命(さだめ)と覚悟していた彼も、最愛の女性が、生命を振り絞って放つ絶大な威力の魔法で、宿敵ただ一人を苦しめるのではなく、まさに燃え尽きようとする自身の、最後の生命の一滴(ひとしずく)を与えることで、その悪しき魔性の主までも、必ず救ってみせると決断した、あの瞳に映る強い意志を感じて、全存在を揺すぶられるようだった。
「ムヴィアの魔法は技術ではない。
強く優しい心から迸(ほとばし)り出る、清浄な一念。
それは念々(=瞬間瞬間)に美しく、正しい。
お前の師もまたそうであろう。」