第 07 章「展転(てんでん)」
第 02 節「魔天女ヒユル」
昼食のために与えられた、たった45分という休憩時間がまだ半分も終わっていない頃、獄吏ジスコッツが扉を蹴飛ばして入ってきた。
タフツァには、乱れた足音が聞こえていたので、食器を置くと、静かに立ち上がって待っていた。
扉を開けるなり、上から怒鳴り散らしてやろうと思ってきたジスコッツは、背の高いタフツァが威厳を湛(たた)えて、まるでこちらの愚行を哀れんでいるかのような目で迎えたので、大いに勢いを挫かれてしまった。
「・・・お前か。
何の用だ?
うるさいじゃないか。」
ジスコッツはひどい侮辱を受けたと思った。
「は、早く、ご、午後の仕事を・・・。」
「黙れ!
お前こそ、早く為すべきことを始めるがいい・・・!!」
さっきまでと比べても、タフツァの態度は全く変わってしまっている。
ジスコッツは狼狽し、ここのところ自分の心身に来たしている乱調のせいではないかと、どこかへ逃げられるものなら逃げたいほど恥ずかしくなってきた。
「おおおおおお!
この、囚人めがっ、オレを馬鹿にするとは、気でも振れたか・・・!!」
ジスコッツが最後の力を振り絞ってタフツァに殴りかかった。
タフツァは身を逸らすと、相手の拳が壁まで飛んでいくように、魔法を使った。
衝突前に魔法を解いてやったにもかかわらず、獄吏は体ごと石の壁へ突っ込み、叫び声をあげた。
「そんなに壁が憎いのか?
お前こそ、近頃どこかおかしいんじゃないか。」
もはや自分の体も、思考も、心さえも分からなくなったジスコッツは、過去の何十という囚人たちに暴行した、今は砕けた拳を押さえながら、慟哭して倒れ込んでしまった。
「どうしてそんな生命になったか分かるか?
他者の生命の尊厳性を、踏み躙(にじ)り続けてきたからさ。
他者の尊厳を冒涜(ぼうとく)することは、同じ尊厳を持つ、自分自身を冒涜するに等しい。
ところで、この世に善悪の基準となる生命の尊厳性を貶(おとし)めることによって、一体、お前に何が残ったんだ?」
泣き喚く声は荒ぶり、良心の呵責が断末魔の苦しみとなって獄吏ジスコッツを襲った。
「誰かがお前を苦しめるのではない。
お前は、お前自身によって、そうなったのだ。」
ジスコッツはよろけて起き上がり、何度も、何度も壁や床に頭をぶつけて、転がり落ちるように階下へ逃れ出ていった。