第 07 章「展転(てんでん)」
第 02 節「魔天女ヒユル」
アミュ=ロヴァでは、LIFEを志願して集った多くの市民たちに力を借り、帰還した兵らの手当てが行われていた。
旧リザブーグ大使館はオフサーヤ宮殿への大通りに面して建てられた殿堂で、負傷者を収容するには十分な広さだった。
それよりも対応に追われたのは、捕縛に成功したマーラの術士たちの受け入れ先である。
宮殿の損壊と、市民総意による貴族政治の廃止で、いずれは撤去されるであろう「左右の獄塔」に一時収監する以外ない。
左の塔には依然、獄吏ジスコッツがいて、タフツァを苦しめていた。
一国が皆“LIFE”に目覚めようという時に、彼はまだ囚人として扱われていたのである。
ジスコッツは日に日に狂人じみてきて、近頃はタフツァのことも分からなくなってきたらしい。
誰かと会話でもするように喋り続けていた。
しかし、労役を課す時だけは、元の調子に戻った。
「さっさと飯を片付けろ!
定刻よりも20分早く仕事場へ着け。
オレは貴様が死なないせいで牢を出られないんだぞ!」
確かに昔は囚人だったのだろう。
ジスコッツは記憶が錯乱しているようだ。
そして、ここにも法皇軍の敗報が、徐々に伝わってきた。
「バカを言うなっ!
内衛士団がマーラなどに敗れるものか!!」
威勢よく反駁して信じなかったが、法皇軍の減退に比例して、この獄吏も急速に衰えていった。
タフツァは午前中の労役を終え、昼食をとったが、ジスコッツに対して自分が取るべき態度は、今となっては刑に服するより他にあるのではないかと考えていた。
『国中が“LIFE”という道を選び取ったんだ。
その事実に目を背けているのは、もはや彼だけなのではないか?
ならば彼にも、正しい道を教えてやるのが、僕の果たすべき責任なのではないか・・・。』
タフツァは収監されてから、何度も暴行を加えられた。
暴力に対して暴力を使えばLIFEの敗北である。
労役はアミュ=ロヴァの人々のために行っているのだ。
そう信じて服務してきたけれども、一日に3度も4度も顔を合わせる横暴なジスコッツの胸奥にも、実は尊極なる“LIFE”が内在しているということ、更に、こちらがはたらきかけていくことで、それを薫発できる可能性がある、とまでは信じきれていなかったかもしれない。
実際、タフツァはまだ彼に対して何も行動を起こせていなかった。