第 07 章「展転(てんでん)」
第 01 節「業障(ごうしょう)の苦(く)」
正午、後方のアミュ=ロヴァ軍キャンプ場で、ただ一人、ヱイユの魔法によって地縛され、防衛壁の中へ閉じ込められていた法皇ハフヌ6世は、ようやく身体の自由を取り戻した。
他の衛士たちは上空に浮かべられ、徐々に降下してきたが、老齢の彼だけは、そうした処置によって死亡しかねない。
地縛が解けた時刻は、衛士たちが大地へ足を着けたのと同時だった。
悪い夢から醒めたように、彼らは互いに起こった出来事を確かめ合った。
中には、南方の湾に棲息するという、竜神ゲルエンジ=ニルの名前を出す者もいた。
「こんな時に奴が現れるとは・・・!!」
「法を守護する善神と聞くが。」
「テビマワは奴の領域ではないはず。」
「マーラに対する天罰の、とばっちりを受けたにすぎないのでは?」
強大な力を持つ、竜族の支配者であり、人間にとっても別段、敵対するような存在ではない。
ここへ来て、軍がとっている作戦に対し、疑念を抱く者が出てきた。
過(あやま)てる信条に、心底(しんそこ)正しいと信じて殉じようとする者を、どのような角度からでもよい、ふと立ち止まらせて、自らの行動への疑念を抱かせることがもしも可能ならば、是が非でも、そうした機会を与えてやるべきである。
ヱイユが深紅の大蛇となって軍の前に立ち塞がった時、多くの士卒はアミュ=ロヴァへ逃げ帰っていった。
彼らは死の行軍から抜け出す口実を求めていたのだ。
多くの生命が厳然と守護されたのである。
それでも竜神を退け、なお行軍を続けた最後の衛士たちは、テビマワで再びゲルエンジ=ニルに遭遇した。
悪魔結社マーラの術士諸共(もろとも)、両成敗的に、一時は魔法を禁じられ、更には大空へ放り出されてしまった。
LIFE騎士団・各部隊の配備も整った昼、自由を得た法皇と士卒たちは、今一度、自分たちのやろうとしていることは本当に正しいのか、竜王による2度の妨害と、4時間近い滞空で散々な目に遭わされた覚めやらぬ恐怖、全身の硬直と冷え、などを通して考えさせられていた。
「竜王に任せて、しばらく様子を見たほうがよくないか?」
「こうして生きて大地を踏めたことも奇跡に近い・・・。」
「その気になれば、敵味方、全員を殺せただろう。」
「ゲルエンジ=ニルは法を守るというが、法とは魔法、つまり“LIFE”のことなのではないか・・・。」
最後の言葉が終わるか終わらぬかという時、瞋恚(しんに)によって目を吊り上げ、顔を青黒く怒気に漲らせた法皇が、およそ人間の声と思われぬ剣幕で、並み居る兵士たちを震え上がらせた。