第 07 章「展転(てんでん)」
第 01 節「業障(ごうしょう)の苦(く)」
法皇ハフヌ6世は、老体に癇癪(かんしゃく)持ちが災いして、悪天候の中、酷く具合が悪かった。
それでも、憎きマーラを潰せる、またとない機会だ。
彼は激昂し、叫んだ。
「全員、殺せ!」
砦の中に、まだ首領級の術士がいるかもしれない。
だが、術士の大半は、活路を見出すために、血眼となって襲い掛かってくる。
内衛士団・最後の1隊が50名足らず。
相(あい)争うは、人と人か、阿修羅(あしゅら)と阿修羅か、それとも地獄の羅刹(らせつ)たちか。
両陣営が衝突しようとする瞬間、ヱイユは『今だ』と詠唱を開始した。
相互の勢い余って、前衛の者は負傷したかもしれない。
とはいえ、ヱイユも抜かりがない。
赤竜の姿のまま、一塊(ひとかたまり)になったマーラと法皇軍に目掛けて、強力な「魔法禁術」を張り巡らしてしまった。
口々に叫ばれる魔法文字の名前、発せられる詠唱の声は、現象を伴わなかった。
ハフヌ6世が放とうとした異常な殺戮魔法でさえ、虚しく掻き消されていた。
次に人々は武器を手に取った。
魔法が使えなくても、斬り合い、殴り合いで殺戮を遂げようとする気色に染まっていた。
その時、真っ赤な竜神は猛り立ち、全ての殺戮者たちに厳命した。
『愚かなるグルガの末裔どもよ!
生きたいのか、死にたいのか、最後に選択の機会を与えよう。
しばし間を置き、よくよく考えるがいい・・・!!』
禁術が解かれ、グッと締め付けられるように、急激な重力の圧迫を受けて大地に身を伏した両陣営、まさに殺し合おうとしていた全ての戦闘員たちは、苦しみの声を漏らした。
元よりヱイユは彼らを押し潰そうというのではなかった。
重みで身動きが取れなくなった直後、今度は一気に軽くなり、地面から足が離れて浮上したことによって更に自由を奪われてしまった。
ほとんどの者は武器を地上に置いてきた。
手に持っていた者も、取り落としていった。
ハリケーンが人や家屋を吹き上げる様(さま)に似ているが、風は渦巻いていない。
雷は去り、ただ雨雲の立ち込める空に、寸での所で生命を落とそうとしていた兵士たち、術士たちが、無力になってふわりふわりと浮かんでいた。