第 06 章「使命」
第 03 節「総力戦」
タフツァには故郷に父がいた。
大事な一人息子をシェブロンの元へ送り出してくれた、善良な父である。
もしも、息子が無実の罪で、ひどい拷問に遭っているなどと知ったら、年老いた父はどれほど悔しさに震えただろう、そして悲しんだだろう。
血の涙を流して激怒するに違いない。
親からもらった体を傷つけられて悲しい思いをした彼には、その父のことが思い出された。
再び涙が溢れ、額から流れる血とともに床へ落ちていった。
血痕で通路を汚したなどと、また殴打されるのかと思うと、悔しくて堪らない気持ちになった。
それでも、親子の感情にとらわれていつまでも泣いていることはできないのだ。
師や、仲間たちが、各地で人間生命に巣くった悪魔と戦っている。
その悪が、これほど根深く、許すべからざるものであることを、骨身に沁(し)みて痛切に知った。
彼は法皇たちを憎んだのではなく、人間を斯(か)くも狂わせ、残酷にし、悪逆にしてしまう、「思想の悪」を憎んだ。
今に見ていろと、拳を握りしめて耐えた。
打たれた傷が、怒り心頭してずきずき痛んだ。
極限まで疲れているにもかかわらず、興奮していつまでも眠れない。
この時だった。
ヱイユの分身、アーダが独房の格子窓へ来て、シェブロン博士からの手紙を届けてくれたのは。
『・・・“LIFE”を人々に伝えようとする者が、苦難に遭わなかった事例は、過去に一度もないのだよ。
よくよく本質を見給え。
“LIFE”を志し、宣揚して、人を育てたがために、怨嫉(おんしつ)する者が現れて難を受けるのだ。
彼らに屈してはならない。
“LIFE”を継ぐ一人が、どれほど尊い存在であるか。
その一人を苦しめ、行動を妨害し、弟子を迫害する罪は、限りなく重い。
人類の歴史は、“LIFE”に背こうとする生命本然の暗さに、打ち勝つか負けるか、これによって左右されてきた。
そして我々の革命は、一人の人間に始まり、全人類にまで広がっていくのだ。
“LIFE”に背く立場の者が、世のあらゆる不幸を招いているではないか。
きみも男だ。
確信を持って、彼らを諫め抜け!』
頭部に包帯を巻いて狭まった視界に、飛び込んでくる師の渾身(こんしん)の励ましで、今度は感涙し、湧いてくる力を感じて、戦う意思を燃え上がらせるのだった。
ソマやヱイユは、シェブロン博士の習慣を真似て、毎日祈りを捧げていた。
あれは一体、いつからのことだろう。
おそらくは、LIFEが、とりわけ弟子が大難を受けることになった、今回の事変を通して博士を思い出し、始めたに違いない。
タフツァも今、格子窓を突き抜けた空の、ずっと先、大宇宙が内包するという“生命の尊厳性”に思いを馳せて祈り、それと等しく尊貴なる我が“生命の尊厳性”を交流させるというひとときを過ごしていた。
隣の塔にいるソマは、まだ罪が確定していないという。
『どうか、彼女には危害を加えないでくれ!』
タフツァは再び落涙しながら、最後にそう強く祈った。