第 06 章「使命」
第 01 節「断崖と絶壁」
ミルゼオ国の飛び地であるルモア港は、水夫たちが一日の仕事を終え、最後の片付けをしている時間だった。
明日の朝まで入港も出港もない。
約一時間ほど湾上が荒れていたため、2つの便が航路に停泊するという遅れはあったものの、付近でごくまれに起こるそうした異常気象は海底に棲む竜神が関係していると、土地の人々は知っていた。
ルアーズとサザナイアの旅仲間、「魔技師アンバス」の家はルモア港まで歩いて20~30分ほどの周辺地域にあり、町や村の中ではなく散在する民家のうちの一つだ。
彼らは実家へ帰ると、互いにやりとりする際、手紙を用いていたが、それぞれの国の機関に託された配達物は水陸の「交易ルート」や船便を経て個々の集落まで届けられ、仕分けされて、本人の元に運ばれる。
ヱイユが預かってきたルアーズの手紙も、別れ間際の短い時間で書かれたものではあったが、「ミルゼオ国ビオム村 サザナイア様」とか「ルモア港 東2南1 アンバス様」などと、実際に送る場合の住所が記されていた。
上空から高度を落としてその辺りを探してみると、なるほどそれらしい民家がぽつんと見当たった。
まだ宵闇の訪れる時間を前に、明かりがついて炊煙が上がっている。
降り立って人間の姿に戻ったヱイユは、呼び鈴を鳴らして待った。
ほどなくアンバスの妹と思われる少女が出て、取り次いでくれた。
「おう。
急ぎの手紙を預かってきたぞ。
ルアーズさんからだ。」
アンバスは子供の頃から技師の父に教わっていた工業技術に、魔法を応用するという「魔法工学」の分野を専攻して研究している。
ルモア港の、学校図書室に入り浸った少年時代。
やがて向学の志を立てて学術機関を求めたが、近い所では北にあるモアブルグの図書館が資料を持つだけで、遠く古都アミュ=ロヴァまで行かなければ大学は望めなかった。
それよりも、港育ちの彼は、海の向こうにあるというロマアヤ公国の国立大学に進みたいと心に決めていたのである。
子供時代の夢はやがて、各国の情勢や国際関係を知るにつれ、すでにロマアヤという国が滅ぼされてしまっており、今では大セト覇国という軍事国に取って替わられていると、厳しい現実に直面する。
ロマアヤ大学は閉鎖され、進学を断念せざるを得なかった。
だからと言ってアミュ=ロヴァの大学に行くには資金が要る。
その金を稼ぐため、父のように技師として生計を立てるか、いっそ船乗りにでもなってしまおうかと迷っていた時、サザナイアたちに出会ったのだ。
学者のような身なりをしていた彼を、魔法使いと思い込んでルモア港で声をかけたのが、リーダーのサザナイアだった。