第 06 章「使命」
第 01 節「断崖と絶壁」
自身の領空の天へ、尾を向けて真っ逆さまに海へと降っていくゲルエンジ・ニルの周囲の空が、途端に暗くなった。
天球ほどもある、黒い翼の怪鳥が現れたのだ。
「迦楼羅(かるら)」と呼ばれるこの巨鳥の正体は、メゼアラムとドファーによって姿を変えたヱイユである。
竜族にとっての天敵「迦楼羅(かるら)」から見れば、いかに龍王ゲルエンジ・ニルといえど、ミミズのようなものだ。
下降してアーダを叩くつもりが、この世で一番恐れていた天敵に遭い、途端に海へと逃げ込もうとする憐れな蛇へと成り下がってしまった。
怪鳥の口の中でメゼアラムの魔法陣が浮かび、急降下しながら龍王を飲み込む。
そして徐々に速度を緩め、人間の姿に戻って、アーダの背中にまたがっていた。
喰うか喰われるかといった畜生道があり、どちらが強いかを争う修羅道がある。
戦闘を終えてみると、湾上は日が西に傾く頃だった。
竜の怒りが引き起こす荒天はすっかり去った。
これからはあの龍王ゲルエンジ・ニルの力を借り受けることができるのだ。
ヱイユはしばらく無言でアーダの背に座っていたが、自分同様、この相棒も疲れているに違いないと気付いて飛び上がった。
「なあ、アーダ。
ソマはどうしているだろう。
あれで気持ちの弱い所があって、一人になると泣いているんじゃないか。
魔法剣士のヤエさんが毎日、面会に行ってくれているのは助かる。」
この親友にだけは、ソマのことを話す。
人間の言葉での返事はないが、いつもヱイユのことを励ますような声の調子から、アーダの優しい気持ちが伝わってくるのだ。
竜族という戦闘的な生き物が、人間に心を許すとは。
“LIFE”こそ、友と友を結ぶ絆であり、優しさの源でもある。
やがてアーダが魔法陣に消え、ヱイユは灰色の竜の姿になった。
こうして普段、ヱイユであってアーダの姿で飛行している。
二人が別々に戦闘する時、敵に作戦を聞かれぬよう、声を出すことなく意思の疎通ができるのは、幼少以来ずっと同じ景色を眺めて生きてきたからかもしれない。