第 06 章「使命」
第 01 節「断崖と絶壁」
リザブーグ王国の南西門でルアーズやファラと別れ、フスカ港、ビオム村、そしてルモア港という、今回の行程を決めた時から、ヱイユの脳裏に、避けては通れない敵との遭遇が思い浮かんで離れなかった。
ちょうどビオム村からルモア港の半島へ渡る湾の遥か上空に、真っ赤な肌を持つ、荒々しい「竜神」のテリトリーがあるのだ。
仔竜のアーダを味方につけて、各地の魔獣と転戦しながら旅をしていた10歳の頃。
それとは知らずに通過した空が、「ゲルエンジ・ニル」と呼ばれる龍王の領空だった。
アーダを召喚して2対1で対戦したものの、傷一つ負わせることができずにヱイユは叩き落とされた。
危うく喰われかけたところで、アーダが死力を尽くして咬撃を妨害したため、ミルゼオ国の山道脇の森へ投げ出されるように不時着したのである。
これぐらいでは懲りない好戦的な少年は、必ず強くなって報復すると心に決めていた。
まだLIFEに加わる前の老婆ヴェサに助けられたのがちょうどこの時の敗戦だ。
地上は穏やかな天気だが、雲の上はどうだろう。
まして、一帯の空の支配者である。
その逆鱗に触れるなら、何が起こるか分からない。
かなりの深手を負わされた記憶は鮮明に残っている。
しかし今となっては怖じ恐れる気持ちにはならなかった。
「ドラゴンの天敵である『ガルーダ』になれば、一飲みできるかもしれない。
・・・相手が相手だけに、そう簡単にもいかないか。
生身の体とアーダとで、どこまで削れるか、まずは再戦と行こう・・・!!」
ヱイユが湾にさしかかると、侵入者をいち早く感知した竜神の怒りが、穏やかな天候を乱し始めた。
ずっと高い所に見えている雲の辺りにでもいるのだろうか、風が旋回して、次第に速くなってきた。
湾の海面にも渦が巻いているのが見て取れる。
「なにっ!?
上にいるとばかり思っていたが・・・。」
海底に潜んでいたゲルエンジ・ニルが、水底から天空にまで立ち昇る竜巻を起こしながら、翼を広げてヱイユの眼前に姿を現した。
持ち上げられてきた水が、滝のように落ちていった。
急速に雲が集まってきて、水面と同じように、幾重にも渦巻いて見える。
辺りは俄(にわ)かに暗くなり、上空の乾いた空気が電気を帯び始めた・・・。