第 03 章「彷徨(ほうこう)」
第 03 節「思想戦」
数百年前、リザブーグ王国は「辺境の地ディスマ」を中心とする巨大な方陣を築き、6人の術士を犠牲にして、無と死滅を司る古代魔法「グルガ」を封印した。
この封印の儀式は、世界に遍(あまね)く存在する“生命否定の無明(むみょう)”とも言うべき、人間内面におけるカオス(=混沌)を消し去った。
ところがそれ以後、本来「グルガ」を得意とし宿命とするはずだった幾多の術者が、何らの力も持ち合わせずこの世に生まれてくるといった時代が訪れる。
この「グルガの末裔」の多くは「古代魔法学者」を名乗って研究を重ね、自らを無能なる者と成した社会への恨みを積もらせるとともに、力を取り戻すためなら手段は選ばないという、恐るべき地下活動を展開するに至ったのである。
今なおリザブーグは五芒星(方陣)の痕跡を留めるような形で国の要所を配しているが、15年前、ちょうど魔法使いファラが生まれて、まだ一年も経たない頃に、「グルガ」の封印が何者かによって解き放たれた。
黒いローブを着て飽くなき研究を重ねていた「古代魔法学者」たちが、「古代魔法使い」へと変貌した(あるいは立ち帰った)のは、実にこの時である。
古代魔法研究への狂乱はやがて、その行き先を「悪魔復活」へと変遷させた。
「悪魔」とは「伝説上の怪物」のことで、実在したかどうかは定かではない。
しかし、永く奪われ続けた力を、研究成果とともに広く行使して復讐したいという、彼らの如何ともし難い怨念が、「書物の中だけの存在」を「実在のもの」へと変えてしまった。
現在行方不明になっている「フィフノス」という人物が中心となって「悪魔結社マーラ」を設立させたことで、各地に点在していた黒いローブの元研究者たちは、続々とザベラムの町へ集ってきたのである。
ザベラムの露店街の片隅に、「呪士フラハ」という男が住んでいた。
若く多感な時期を「無能なる者」として生き、社会的にも認められることがなかったが、壮年期を迎える頃、すなわち40代半ばになって「グルガ」が解放され、本来の魔法力を取り戻すことになった。
これは、彼の生涯にとって劇的な出来事だった。
多くの仲間とともに、半生を棒に振った恨みを、今こそ晴らす時だと思った。
「呪士」というのは、黒ローブの人々が用いる肩書きの一種で、その術士が得意とする発動スタイルを表している。
闇の都市ザベラムは15年前の事変を契機に魔法都市国家レボーヌ=ソォラからの離脱を宣言して現在の(正確には火災前の)姿になったのであるが、それよりもずっと前から、「淀んだ空気の溜まり場」的な傾向を持っていたと言える。
古来、各国から追放された野蛮な術者たちが最後にたどり着くのはこの土地で、古都アミュ=ロヴァの統治も及ばないというのが実状だった。
ありとあらゆる不正が暗黙の下(もと)で蔓延し、助長されて、社会全体にまで害悪を押し広げていくという温床が、ここには存在している。
呪士フラハは、他の黒ローブの術士たちと同様、過去に自分から力を奪い、そしていつまた力と存在とを脅かさぬとも知れぬ「封印魔法」、及びこれを使うであろう社会(彼らの中では危機感に伴って、確証のない被害妄想が膨らんでいる)を、恐れる以上に憎んでいた。
また彼らは、どういうわけか一様に「封印魔法」と“LIFE”とを同一視し、目の敵にしていた。
これは「悪魔結社マーラ」の中心人物の一人が意図的に作り上げたデマで、元々、封印されて魔法が使えなくなっていたグルガの術士が、幾つもの魔法を組み合わせて発動させるという“LIFE”の思想や主張に対して嫉妬心を持ち続けたことに端を発している。
つまり、黒ローブの術士たちがレボーヌ=ソォラ中に眠る“LIFE”の文献を探し出しては燃やしている背景には、多くは無知と誤認識があり、その出所を探れば、ある人物の中で鬱積(うっせき)した、途方もなく根深い“怨嫉(おんしつ)”が浮かび上がってくるのである。