第 03 章「彷徨(ほうこう)」
第 03 節「思想戦」
家屋が全焼した闇の都市ザベラムでは、ケプカスがザンダを案内した、「地下の研究施設」だけは失われずに残った。
悪魔結社マーラの主要人物のうち、奇術士ヨンドと怪人ラモーがモアブルグ外れにある研究所(古屋敷)に赴いていたこの日、悪魔モルパイェ=フューズの暴走後の混乱に乗じて、敗れたケプカスを助け、研究施設に入って、内側から鉄扉を閉めて施錠した男がいる。
これによって火災の難を免れたわけだが、一体、彼は何者であろうか。
施設の一室には、「診察台」のようなベッドが用意されていて、恐ろしいことだが、通常、ここで「人体の改造」などが行なわれている。
森に放たれた「合成獣」のように、彼らは人間に対しても様々な施術をすることによって、特殊な能力を身につけさせる研究をしていた。
ケプカスを助けた例の男は、マーラの一員で、「魔具職人ハイボン」といった。
この「診察台」に横たえられたケプカスは、ハイボンの手で治療を受けたのだが、その体は、もはや生身の人間と呼べるものではなかった。
治療というよりも、「修理」と言ったほうが適切であっただろう。
十数年も前に本来の肉体機能を失っていたこの術士は、元々「古代魔法学者」であって、魔法を使えるようになるまで、文官として権力者に仕えるなど、曲折を経てきている。
現在の姿は「改造」と「ドファー(変身の魔法)」によるもので、更に疑うべきことには、その声と、思考の半分近くは、他人から奪い取ったものだった。
あたかも人間と機械に悪霊が乗り移って、死後の時を生き続けているかのような、そんな恐怖と違和感を身に体した男といえた。
ハイボンは元々、魔法杖や様々なアイテム、とりわけ魔法を込めた「義手」・「義足」を作って生業としてきた男である。
ザベラムに住みついたのも、これらの魔具が黒ローブの術士たちに受け入れられ、よく売れたからだった。
また彼自身、死滅の古代魔法グルガの発動には素質があったようだ。
「奪命」とも訳されるこの魔法は、殺戮を目的とした武器に宿らせる時、最も威力を発揮する。
器物に魔法を込めるということは、例えば繰り出す攻撃に魔法の力が具わるという側面も当然あるが、より深くは、“繰り出す目的”と“込められた目的”が一致する傾向にある。
発動形式(魔法制御の文字列)を「ワーガム」として起こされた魔法が武器や道具などに宿るのであるが、では魔法を発動させて武器に宿らせた術士は、何を目的にそうしたのか。
“殺戮の道具と成すため”であれば、それを使う者の“繰り出す目的”は、自ずと“殺戮”になるであろう。
商売のためには、そして生活のためには、躊躇(ちゅうちょ)なく悪魔に魂を売る――当世における魔法の用途には未だモラルが確立されていない。
何が善で、何が悪か、そんなことはほとんど問題にもなっていない。
どのような存在であれ、生まれてきた以上、自分が生きていくためには、他者を犠牲にしてでも糧を得なければなるまい。
混沌とした社会にあっては、それが“生命”をつなぐ最低のライン、いわば「命綱」であるという、限りなく悲惨な現実を、我々は直視して、尚且その先の“未来”を正しいものへと変えていかなければならないのだ。