第 02 章「連動」
第 02 節「機は熟さず」
この頃、地下で魔物に囲まれていたシェブロンは、すっかり形勢を覆してしまっていた。
彼は右手の五本の指で「魔法陣(五芒星)」を形成し、強力な「フィナモ」を構えて、あの「モグラ」に似た、途方もなく大きな怪物の動きを封じ込めていた。
更にもう一方の手で、「トゥウィフ」と「ザイア」の同時発動を起こし「スライム」たちを凍らせた。
そのため、彼の後方の壁や天井は完全に氷で塞がれて、新たな「スライム」の出現を不可能ならしめていた。
「さあ、通してもらおう。」
道を塞いだモンスターは、一歩、二歩と退いていった。
ツィクターたちも「六階・王の間」を目前にして、今まさに緊迫していた。
先刻ノイが追い返された二階を抜け、三階へ出た辺りから、彼らは道を遮るモンスターたちに苦戦を強いられていたのである。
そこには、もはや人間の兵士の姿はなかった。
三人ともによく戦い、ようやく五階まで攻め入ったところで、パナは一人、前方へ歩み出ながら話を始めた。
ツィクターにも疲れの様子が表れていた。
彼女は、それを見て取ったようである。
「ソマちゃん、一緒に魔法を起こしてみましょう。
ここにわたしの杖を置くから、重なるように魔法陣をイメージして、大地のエネルギーを集めてほしいの。
・・・出来そう?」
彼女は、かなり距離をおいた先の地面に、杖を置いてきた。
「うん。
どれくらい?」
「まずは『ムヴィア(魔法レベル1)』でお願いできるかしら。
・・・そうそう、これからも『ムヴィア』を使うときには、私のこと、思い出してね。」
「『パ・ムヴィア・ナ』だから、『パナ』さんなのよね?」
「ええ、変わった名前でしょ。
・・・それじゃあ、いくわよ。」
少女ソマが魔法を発動すると、彼ら三人を囲む一帯に「ロニネ」が張られ、次第に強度を増していくのが見て取られた。
そして、大地より吸い上げられるエネルギーの集中は止まることなく、そのまま膨れ上がっていくように思われた。
杖を置いた場所は、「ロニネ」よりもまだずっと外側である。
「大変!
『ムヴィア』でこんなにエネルギーが集まるなんて!!」
「いいのよ。
さらに・・・!」
パナは、普段「腰」に着けていた、魔法発動用の「バトン」を取り出すと、結界の外――彼女の杖を直径とした魔法陣――に集まりつつあるエネルギーを利用して、何かの魔法を発動させた。
それは、魔法陣の中央から飛び上がった「球」状の「ゾー(重力)」で、激しく渦巻きながら現れるとともに、一面に群がった無数のモンスターを一気に引き寄せ、吸い込んでいった。
この動作から遅れること数秒ほどで、早くも次の魔法が立ち上げられていた。
息つく間もない連続攻撃と言えよう。
「ゾー」の球体が高速で膨張しようとするのを、押さえ込むかのようにして、周囲の空間が歪む。
一点集中・攻撃型の「ロニネ」である。
この「結界」が、そのままただ一点にまで収縮しきったとき、発動は完結された。
つまり、「ロニネ」があの重力の球体を包んだまま点となって消え、同時に吸い込まれた怪物たちも皆、姿を消してしまったからである。
「・・・これが、一番簡単な『封印』ね。
ソマちゃんのおかげでほとんど消耗しないで起こせたのよ。」
通常、「封印」の術起動では、一点集中型「ロニネ」の収縮を以って一応の完結とする。
けれどもこの時、一点となって消えかけた魔法の光が、厳密にはパナの杖――彼女がソマに示した「大地の魔法陣」――の中央へと、吸い込まれていくようにして消えた。
実は、彼女はこの「封印」の終わりに、「メゼアラム」を追加して用いたのである。
並み居る魔物たちの中には、時に魔法力を秘めた種も存在する。
決戦を控えた彼女には、たとえそれがわずかなものであったとしても、大小様々な力が必要であった。
しかし、二人には決して、悟られないようにして・・・。
「パナさん、すごいわ!」
さすがに、ツィクターも驚いていた。
けれど、彼は少し心配そうに妻を見遣ってから、ふと何かに気付いたのか、剣を身構えて言った。
「・・・待て、人の足音が近づいてくる!
二人とも、気をつけるんだ!!」
その時、六階の方から、いかめしい魔導服に身を包んだヨムニフが姿を現した。
「ケッ!
所詮、何の力も持ち合わせぬ兵士どもなど、全く論外だ!!
・・・お前ら、ここまで来たからといって、あまり調子に乗るなよ。
小僧とシェブロンの命は、こっちで預かってるんだからな。」
そこへ、息を切らせて、ノイが駆けつけてきた。
全身にいくつもの傷を被っているのが、誰の目にも見て取れた。
「そうだろう!
やはり、やられたか!!
どうやら、寝返った兵士が邪魔をしてくれたらしいな。」
「裏切ったのは、貴様だヨムニフ!!」
「・・・ノイくん、トーハさんたちは?」
「まだ外で戦っています。
・・・魔導兵ネマーダという男が、私を先に行かせてくれたのです。」
「ネマーダ・・・!」
「ヨムニフ!!
ヱイユくんは無事なんだろうな?」
「まあ焦るなよ。
それより先に、シェブロンを心配した方がいいぜ。」
「・・・当然だ。
今すぐ貴様を叩き斬って、私が博士をお迎えに行く。」
「ヘッヘッヘ!!
おれを殺せば、即座にこの城は五~六メートルも沈下するぜ。
・・・お前たちが通ってきた隠し通路と、シェブロンもろともな!」