第 02 章「連動」
第 02 節「機は熟さず」
単独、敵地へ攻め込む形となったノイは、あの地下通路から王宮の兵士用通路を抜けて、今ようやく地階のフロアまで進んでいた。
王族の部屋を除いて城内を悉く知り尽くしていた彼は、まだ騒ぎ一つ起こしていなかった。
けれども、ヨムニフ自ら彼を通したからには、この先何らかの罠が仕掛けられているであろうことも、想像に難くない。
ふと彼は、訝(いぶか)しげに首を傾けた。
五階までが吹きぬけの王宮内には、どこを見回しても人の姿がなく、本来警備兵が着くべき所にさえ、誰一人として立っていないのである。
激しい戦闘を覚悟して来ただけに、彼は返って力の抜ける感じがした。
第一、地下攻略の要とも言うべき「兵士用通路」が、全くの素通りとは一体どういうことなのか。
「皆、市街へ出て戦っているためだろうか。
いや、果たして・・・?」
一度ツィクターたちと合流するべきか、あるいは一刻も早くヱイユを探すべきかと考えた末、彼はまず国王の間へ攻め込んででも、少年を救出することを決断をした。
それがシェブロンからの、強(た)っての頼みであると思った。
どれほど高貴な理想も、目の前の一人の生命を救うためには捨て去らねばならない時があるのだ。
静かな城内に、彼の足音だけが響き渡っていった。
居場所を常に特定されているような感覚が不気味でならない。
そして、二階へと真っ直ぐに延びた階段を昇りきった瞬間、彼はこの階の「大広間」の扉が、重々しく音を立てて開き始めているのに気が付いた。
ほどなくして、堅固な王宮の床を揺るがしながら部屋の奥から現れてきたのは、「野牛」のような四肢の体躯と、甲冑をまとった「人間」の上半身とを合わせ持つ、巨大な怪物の姿であった。
「なんだ、小僧が一匹か。
・・・早く仲間を呼んで来るがいい!!」
怪物は岩のように大きな刀を背後から取り出すと、猛烈な勢いでノイに突進してきた。
それに対して反射的に剣で身構えたノイは、真っ向から太刀打ちすることの愚を悟り、あえて押し返すことをせずに、打撃とも形容すべき相手の剣の威力をよそへとそらしてしまった。
彼は相手より素早く体勢を立て直し、即座に階段を駆け下りたかと思うと、再び剣を片手に身構えていた。
元・重装兵のツィクター以上に「剛剣術」を得意とする彼であったが、これほどの怪物相手には、「柔」にまわる他、手立てがない。
形(なり)振り構わず、二度目の激しい衝突が起こる。
ノイは正面で一つのフェイントを入れ、宙で怪物の肩に手をついて背後へまわり込むと、速攻で鋭く切りかかった。
ところがこれは、相手にダメージを与えられなかったばかりでなく、剣撃が彼に跳ねかえって、自身を突き飛ばしたような形となった。
まるで分厚い鋼鉄の壁を、力いっぱい打ったような衝撃であった。
敵の動きが鈍いとはいえ、これでは全く勝ち目がない。
重鋼の怪物が描く動作の線は、単にぶれているというよりも、無駄がなく流れるようにさえ見えた。
そして今度は、振りかざした大刀の先端に手をかざす「突進の構え」へと変わった。
ノイの背後にはすでに一歩の足場もない。
彼はこの時、錠のかかった門の手前まで、すでに追い詰められていたのである。